華ヤカ哉、我ガ一族 | ナノ

第伍話 積ミ上ガル手紙


宿舎へと戻った沙羅は、進から借りたハンケチーフを文机の上へ。
何某かの陰謀を孕んだ包みは文机の引き出しの中へ。
そして母から届いたのであろう封書をペーパーナイフで開き、一枚の手紙を取り出した。
きっちりと等間隔で三つ折りにされた手紙には性格がよく表れている。
辺がぴったりと合わさっていることや、少しばかり神経質そうな文字。
綴られているそれらには女性らしさは見られなかったが、沙羅にとってはよく見知った母親の文字だった。
文机の洋燈を灯し、椅子に腰掛け目を走らせる。
そこには、相変わらず心配で堪らないという母親の叫びが綴られていた。

沙羅へ。
元気にしていますか。
あの日から毎日のようにあなたの夢ばかり見ます。
宮ノ杜家で使用人として働くことはどんなにか辛いことでしょう。
使用人なんて屈辱的仕事をあなたにさせてしまう母を許してくださいね。
できるのならば今すぐ私たちの元へ戻って来てほしいと、毎日あなたの好きだった裏庭の花畑を見つめながら思うのです。
けれど玄一郎様はお許しにはならないでしょう。
今こうして涼城家があるのは玄一郎様のおかげなのです。
あの日から玄一郎様は毎月私たちの支援を変わらずしてくださっています。
沙羅。あなたには辛い思いをさせますが、今暫く辛抱してちょうだいね。
母より。

「......相変わらずね」

綴られていた文字を流し見た後に小さな溜息を零した沙羅は、別段何ということもなくその手紙をまた封書へと戻してしまう。
母の手紙ばかりを仕舞い込んだ引き出しを開け、また新たな一通がそこに加わるだけだった。
沙羅はあの日宮ノ杜家に来てからというもの、母の手紙に一度たりとも返事を返したことがなかったのである。
理由は簡単だった。
毎度毎度来るたびに書かれていることが全て同じだったからである。
最初は沙羅の安否を気に掛け、次は使用人の仕事を蔑み、帰ってきて欲しいと乞い願い、けれど一族の存続には玄一郎様の力があってこそだと有り難みを押し付け、最後はその蔑んだ仕事を続けろと訴えるのだ。
少しずつ言葉の脚色が変わりはするけれど、毎度同じこと。
沙羅にとって、それはもう読む必要も無い手紙と言って差し支えなかった。
しかしどうしてかいつもその手紙を受け取るのは、もしかしたら少しでも違うことが書いてあるのかもしれないという矮小な心が期待する幻影を見ているからかもしれないと、沙羅は積み上がっていく封書を見て気付いていたのである。
あの家はいつか滅びる。
滅多なことを言うものではないと、この考えを幼い頃涼城家にいた使用人に話をした沙羅は窘められたが、今はそれが正しかったと哀れみを込めて言うことができた。
沙羅にとって一族は勿論大切だったが、長いものに巻かれるしかなかった父も、こうして毎度同じ手紙で娘を宥めすかそうとする母も、不憫に思えて仕方がなかったのである。
だからこそあの日宮ノ杜玄一郎に一族ごと買い上げられてしまったことは、もしかしたら喜ぶべきことだったのかもしれないと沙羅は誰にも言わず心に留めていたのである。
しかし一度根付いてしまった思考を変えるのは容易ではない。
進展の見えぬ手紙の山を見つめ、やはり沙羅は空気に溶かすよう一つ溜息を吐いたのだった。
ぼーん。
使用人宿舎にある古い柱時計が六時を知らせる。

「いけない、もうこんな時間」

進の見送りをすると宣言した手前遅れるわけにはいかなかった沙羅は、空にしたポケットを確認した。
そして使用人食堂に寄り薬を調達した後に、見送りをするべく正門へと急いだのである。





next