ガイというひと | ナノ




「はい?」

素っ頓狂な声を上げた私に、目の前の男は豪快に笑って告げたのだ。

「お前とのコンビは解消だ」

事の起こりは数刻前に遡る。
Aランク任務を無事遂行した私は火影岩の後ろから昇り来る太陽に目を細め、報告書提出のために火影室を目指した。

「今、何と?」

提出し終えたらご褒美に甘味屋でお団子でも食べようと呑気な思考で任務報告に来た私は、報告書もそこそこに「そうじゃ」と語り始めた三代目火影の言葉に耳を疑ったのである。

「ガイから聞いておらんか?」
「……はぁ」

適当な生返事と共に耳が拾ったのは、ガイが今年アカデミーを卒業した下忍の新人担当になるという目から鱗の話だった。
何でも担当させたい下忍がいるのだとか。
勿論ガイの了承も取れているようで、三代目推薦の下忍を紹介したところ是非自分にとやる気満々のようだったという。
そんな話をしたのが、もう三週間も前の話らしい。
その後の三代目との世間話にはいはいと相槌を打った私は、予定通り甘味屋へ足を運び湯気の立つ緑茶とお団子を片手に盛大な溜息をついていた。

「聞いてない」

ぺろりと平らげたお団子の串を右手でふらふらと彷徨わせ呟いた一言は、湯気と共にまだ人気の少ない店内へと溶けて消えていった。
三週間前。
その頃はよくガイと共に短期任務を数多く捌いていた時期だ。
よって顔を合わせる時間も十分にあったわけで。
何で一言も教えてくれなかったのだろうか。
そんな不毛な疑問と不満が綯交ぜになった思考が頭を過る。

昔、まだまだ新米上忍だった私に舞い込んだSランク任務。
そのチームリーダーがガイだった。
濃緑のツナギを来たオーラも性格も口調も何もかもが濃いチームリーダーに大丈夫だろうかと不安が脳裏を過ったが、それも一瞬のこと。
任務を初めてしまえばあっという間に全員の統率を図り、味方を鼓舞しながら善戦していく姿は圧倒的だった。
それだけじゃない。
仲間を決して犠牲にしようとしないその精神も好感が持てた。
ただ、時々現れるおやじギャグにはどうしても馴染めなかったのが事実ではあるが。
それを加味しても、あの瞬間任務を共にした人間はガイをチームリーダーとして認め、尊敬し付いて行こうと思ったことだろう。
私もその一人だ。
途中、仲間と逸れ敵に包囲された私とガイ。
クナイ片手にじりりと後退する体に伝う冷たい汗が不快感を募らせた。
体温を失っていく体に、敵に向かわなくてはいけないと思う心とは裏腹に後ろ後ろへと動く体。
噛みしめた唇から感じる鉄の味に眉間の皺が寄った、その時である。
私よりも一回り大きな背中がぴたりと寄り添い、暖かな人の体温を伝えたのだ。
背中越しにガイがふっと口元を緩めたのが分かった。

「お前の背中は俺が守ってやる」

その声が鼓膜を震わせた刹那、再び背中から温もりが風の様に過ぎ去り、まるで疾風を身に纏ったような速さで敵を薙ぎ払う姿が眼前で繰り広げられたのである。
あの瞬間、確かに私はガイに対し絶対的な信頼を置いたのだ。
それからというもの、ガイとの任務が定期的に回ってくるようになった。
Sランク任務以来、木ノ葉で鍛錬に勤しむガイを見かければ負けじと鍛錬に励み力を身に付けていった。
それが唯一私に出来ることだと分かっていたからかもしれない。

『お前の背中は俺が守ってやる』

そう言ってもらった忍に恥じぬ忍であろうと心掛けた。
背中を守ってくれるのならば、ガイの背中は私が守ってあげよう。
そんなことを一人心に誓っていたのである。
おかげで数年経つ頃にはガイからも「俺の背中は任せた」と任務前は必ず合言葉のように口にしてくれるようになった。
「じゃあ私の背中は任せたわ」そう口に出来る自分に少しの優越感すら感じていたのである。

そんな矢先にガイへの新人担当の話が耳に入ってきたのだ。
動揺までしなくとも、何故話してくれなかったのだろうという不満なり疑問なりは浮かんでくるわけで、こうして甘味屋で一人物思いに耽っているのだ。

「……はぁ」

まさか自分がここまで落ち込むとは思ってもいなかったのか、その盛大な溜息はぱらぱらと客が入り始めた店内の一角を重々しく変えていた。

「沙羅!こんなところにいたのか」

だからだろうか。
目の前に張本人が現れドカリと正面に座ったかと思えば、「お前とのコンビは解消だ」と全快の笑顔で言い切るガイに素っ頓狂な声を上げるという冒頭へと戻ってしまったのは。

「いや、聞いたし。さっき三代目から」

やけに不貞腐れた声音になってしまったことは否めないが、それどころではない。
何故この男は私とのコンビ解消をそんなにも笑顔で告げることができるのだろうか。
それが不思議でならなかった。
いや、不思議ではなく苛立たしかったのだ。
コンビを解消することが喜びのように見えてしまったから。
実際そうなのかもしれないが、それをこうも正々堂々と正面切って言われてしまえば苛立たしい気持ちも真上から水を浴びたように鎮火するというもの。

「三代目?何で三代目が……

そうぶつぶつと呟くガイの言葉をすっぱりと切って、私は席を立ったのである。

「もういいわよ。おめでとう。頑張って」

そう言いながらポケットから小銭を数枚取り出しテーブルに置く。
店を去る私の背中に「おう!任せろ!」なんて陽気な声が飛んだ。

その声に、私の心にあった何かがぷつりと音を立てて切れたのが分かった。





next