ガイというひと | ナノ


人それぞれ不運は違えど、私にとっての不運はあれで終わりでは無かった。
むしろ、あれを契機に不運が次々と舞い込んで来たのである。
事は違えど、大小様々な失敗とやらをあちこちで多発させる羽目になったのは間違いない。
仲間内からも心配の声を頂戴したが、原因がガイとのコンビ解消だとは口が裂けても言えなかった。

もうこれはガイの呪いとしか思えない。

そんなしょうもないことを考え、また何故コンビ解消をあんなにも笑顔で告げてきたのか。
その問いへ辿り着き、あの日私の背に陽気な声で「任せろ」と告げてきたガイへの憤りがふつふつと湧いてきたのだ。

だからこんな初歩的なミスを引き起こす。

数日後、私は自身の不甲斐なさにこの世の終わりのような溜息を消毒液の香る真っ白な部屋で零していた。
原因はなんてことない。
ただの不注意。
敵にあれよという間に背中を取られ、刀で一振り。
気付いた時には、既に木ノ葉病院のどこだかも分からぬ病室でうつ伏せに寝かされていたのである。
圧迫された肺に苦しさを感じ小さな呻き声をあげて目覚めたのが今朝方。
全ての状況を把握するのに十分な時間を取り、飲み込んだ脳が私にすることを許してくれたのが先程の盛大な溜息だ。

「ありえない」

そう。
自分がありえない。

少し肌質の荒い真っ白な枕に顔を埋め、出来るなら消えたいとさえ思った。

近頃の私はおかしい。
こんなにも失敗の多い人間だっただろうか。
確かにミスは多かったし、その原因をコンビ解消だと自覚していた。
しかし、ここまで不調をきたすものなのだろうか。
悶々と自問自答を繰り返す思考は、ガラリと病室の扉を開けて豪快に入ってくる人間を意識に入れることはなかった。

「沙羅!怪我したって本当か!」
「……」

幻聴が聞こえる。

顔を埋めた状態の真っ暗な視界の中で急に割り込んできた聴覚が捉える、良く知る豪胆な声。
まさかと思い声のする方へ視線を向ければ、こちらを覗き込むガイの姿が視界一杯に飛び込んできた。

あぁ、会いたくなかったな。

ガイを前にして言いたいことは山ほどあったが、ふと浮かんだのはそんな一言だった。
所詮私もええかっこしいの人間なのだ。

好きな相手に格好悪いところは見せたくない。

ん?


え。


「はぁぁぁぁ?!っ!!!」

盛大な奇声を上げた私はベッドから飛び起きんばかりの勢いで上体を起こそうとして……勿論失敗した。
背を伝う激痛に悶絶し、再びベッドの海へダイブするはめになったのだ。
そんな私の奇行を見ていたガイは目を点にして、「おい、大丈夫か?!」とあたふたし始めた。
激痛が引いた頃合いに、大丈夫だからと力無い手をひらひらさせ無事を伝えるという格好悪いことこの上ない状態へと落ち着いたのである。

申し訳ないが、今はそれどころではない。

今。

私は何を考えた。
記憶違いでなければ、好きな相手に云々かんぬんと考えなかっただろうか。
ちらりと枕の隙間からガイを視界に入れる。
相変わらずの濃緑のツナギが目に鮮やかだ。
加えておかっぱの髪型にどう考えても濃い眉毛が、イケメンからは遠く離れている。

それなのに、私はこの男を好きだと認識しているのだろうか。

じっと見つめる私の視線に気付いたのか、ガイが再び大丈夫かと問いかけてきた。
思考はあらぬ展開を繰り広げていたため、小さくこくんと頷くだけに留める。
その反応に安心したのか、いつものようにそうかそうかと豪快に笑い飛ばして、ガイはベッドの縁を沿うように歩き窓に近付いた。

「今日は天気が良いぞ!」

そう言って少々乱暴にカーテンを引く。
ジャッと音がしたかと思えば、伏せている私にも届くほどの太陽光が部屋一杯に差し込んだ。
眩しいと感じくるりと首をガイの方へ向ける。
カーテンを閉めて欲しいと訴えるためだ。

「……」

しかし訴えようとする思考に反して、口からは何も発することが出来なかった。
腰に手を当て外の景色を眺めるガイの背中に、意識全てが持っていかれたからである。

私よりも数段頼もしい濃緑の背中。

この背に何度助けられたか分からない。

そして、願わくはガイの背中を守れるよう対等であろうとした。

この背中は、私を守り向上させてくれるものだったのである。


そうか、この感情を好きと言うのか。


「強かったのか?」

こちらの視線に気付いて言葉を紡いだのかは定かではないが、視線を寄越すことなく呟かれた言葉からして何となく口に出しただけなのだろう。

「普通」

答える言葉に微量の棘が含まれる。
それを敏感に感じ取ったのか、ガイはちらりとこちらに視線を寄越した。
好きだという感情を理解しておきながら、今さらになって憤りとやらが口をついて出たことに多少驚きはしたものの、口にしてしまえば芋づる式にずるずると感情が引っ張り出されていく。
しまいには相手と視線を合わすことなく消毒液に馴染んだ空気に言葉を放っていた。

「背中が寒かったの」

勿論、こんな言葉でガイが気付くとは思っていない。
案の定、風邪か?!と騒ぎ出す姿にこりゃ駄目だと溜息が零れた。
正直にガイとコンビを解消したくないと口に出来たら可愛いのだが、生憎そんな愛らしいキャラではない。
それに新人担当なんて大役を指名されたガイを応援したい気持ちもある。
そんな複雑な気持ちが縦横無尽に織り込まれて、どうしたら良いのか自分でも気持ちの整理が出来ずに持て余していたのだ。
だからガイが自称ナイスガイポーズで「それなら次は俺を呼べ!」と豪語した時には、空気がぴしゃりと止まったのが分かった。
正確には、私の周りで太陽光に暖められた空気が氷点下まで急降下したのである。
瞬間、私は背中の痛みすら構うことなく声を荒げていた。

「呼べって、無理に決まってるでしょ!」
「そんなことはないぞ!お前が呼べば俺はいつだって駆けつけてやる!」

何を言っているのだ、この男は。

「俺とお前のコンビは木ノ葉でも一二を争うからな!」

そう胸を張るガイに、何を訳の分からないことを言っているのだと反論が口をついて飛び出していく。

当たり前だ。

この前私とのコンビ解消を喜々として宣言していったではないか。

「この前コンビは解消って言ってたじゃない」

もうガイが何を言っているのか理解することに費やすほどの体力が回復していない体であると気付いた私は、ぼふっと音をさせ再び枕に顔を埋めた。
不貞腐れてやるというなんとも子供じみた考えが過り、それすら疲れる行為だと考え直した思考は寝たふりの如く沈黙を選択した。

病室に似合う静かな空気が漂う。
そんな中で、ガイの声がまるで意味が分からないと言ったように言葉を紡いだのだ。

「……コンビ解消?何のことだ?」
「……」

とうとう頭までいかれたか。
この男は。

説明してやるのも面倒だったが、ここまできたからには喜びに解消を宣言した心境とやらを聞かずにはいられなくなった。
ゆるりと首をガイの方へ回し、口を開く。

「この前三代目にガイが下忍の新人担当になったって聞いたのよ。で、その日甘味屋であなたにコンビ解消を宣言されたんだけど」
「……」
「まさか覚えてないの?」
「……」

なんの反応も示さないガイに、こちらの不安が募る。
まさか全て夢でした。なんて間抜けなオチではないだろう。

暫くうんともすんとも言葉を発しないガイに、もうここまで何事も無かったかのような反応をされてはどうでもよくなってくるのも道理。

もうどうでもいいか。
そんなことを考え始めた矢先のこと。

「あぁ、あれのことか」と一人ごちた声音が鼓膜を震わせた。

「沙羅、何か勘違いをしているぞ」

この期に及んで何を勘違いしているというのだろうか。

「勘違い?」
「そうだ」

俺もこの前から何か変だとは思ってたんだがな、という前ふりの後にガイは私がしているという勘違いの全容をあたかも推理小説の探偵にでもなったかのように説明し始めたのである。

「俺が言ったコンビ解消は次の飲み会幹事のことだ」
「……は?」

宇宙人と会話しているのだろうか。
そう思わずにはいられないほど意識外の単語の羅列に脳が全くと言っていいほど反応を示していなかった。

「俺とお前でやるはずの幹事だがな、ゲンマのやつがお前の代わりを引き受けてくれたのだ」

それを聞いて理解した。
もしやとんでもない勘違いをして独り相撲をしていたのではないかと。
要はガイの言うコンビ解消とは飲み会幹事のことであり、私は新人担当の話を聞いた手前勝手に任務のコンビ解消だと決めつけていたということである。

「ありえない」

本当に。
穴があったら入りたいとはまさにこのことだ。
あの時ちゃんと話をしていれば両の手で足りなかった失敗もすることなく、結論こんな怪我を負わなくてもよかったのである。

「沙羅?」

がくりと肩を落とし俯いた私を覗き込むガイ。
恥ずかしさしか残らなくなった私は、あーとかうーとか枕に顔を押し付け呻いた後、深く息を吐いた。

「ねぇ」

そして、恥ずかしさついでにぽろりと一つ言葉が転がった。

もう、この際だからいいか。

「背中、預けてくれる?」

語尾が小さくなっていく呟きにガイの目が見開かれ、次いでよく知る大笑が病室を埋め尽くした。

「なんだ、そんなことか。当たり前だろう!」

お決まりのナイスガイポーズが太陽を背負って青春のシンボルの様に聳え立つ。

「お前の背中は俺が守る。俺の背中は、お前に預けるさ」

その言葉にじわりと瞳の縁を熱が走る。
潤んだ視界を太陽のせいにして、気付かれぬようそっと枕に顔を埋めその涙を拭った。
濃緑のツナギにおかっぱ頭とどう考えても濃い眉毛。
そんなイケメンからは程遠い彼だけれど、私は知っている。

ガイの背中が誰よりも信頼に値し、頼もしいものであるということを。

「ねぇ」
「?」

「カーテン閉めて」

今は、動けない体を恨みながらその背中をそっと見つめていることにしよう。
治ったら。

またあなたに背を預けてもらえるよう、力を磨いていくから。


▼あとがき
お読みいただきありがとうございます。
まさかガイ先生の話を書くとは思ってもいませんでした。
でもアニメや漫画を見た時、なんてかっこいい人なんだろう!と感動してしまい、思わず小説という形にしてしまいました。