ガイというひと | ナノ


「その苦しみから解放されたければ…覚悟を決めることだ!」

まるで盗み取れてしまうのではと思えるほどの冴え冴えとした月が昇る宵の口。
任務に出ていた私は、ガイが帰還したという知らせを受けて木ノ葉の中を探し歩いていた。
慣れつつあった鍵を使ってガイの家へと寄ったが、玄関先に背嚢が一つ置かれていただけで本人の姿がどこにもない。
きっと、リー君を探しているに違いないと思い歩き回った末に、二人の姿を建物の二階にあたるバルコニーに見つけることが出来た。
吹き抜ける風の音に足音を忍ばる。
ぴたりと壁に背中を付ければ、自身の鼓動が何倍にもなって反響してくる気がした。

「手術を受けろ!リー!」

久しぶりに聞くガイの声は、あの日の瞳とは違い一切の揺らぎがなかった。
そこには私の想像もしなかった答えと覚悟。そして息を詰めてしまうほどの大きな愛が秘められていたのである。

「努力を続けて来たお前の手術は必ず成功する!きっと天国の未来を呼び寄せる。もし一兆分の一失敗するようなことがあったら……オレが一緒に死んでやる!」
「!」

はっと息が喉に引っかかった。
見開いた瞳に物陰からガイを捉えようとすれば、視界に入ったのは良く知る濃緑の背中。
驚きに、盗めそうな月が手を伸ばす前にぱりんと割れる。
まるで幻術が解けるような感覚だ。
それほどまでに、ガイの放った言葉はもやもやとしていた私の心に衝撃をもたらした。

もしも手術に失敗したのなら、一緒に死んでやる。

考えもしなければ想像も出来なかった果てしなく大きな愛の言葉。それはガイにとってのリー君との絆がもたらした答えなのだろう。
我が子のように成長を見守って来たからこそ出てくる言葉に、息を詰め閉口することしか出来なくなった私は再びぴたりと壁に背を預ける。
ガイの覚悟の大きさに吸い込む息の気道が狭くなった。
そして、思い知らされたのである。
あんなにも真っ直ぐ揺るぎない言葉を、私はガイに掛けてあげることが出来るのだろうかと。
運命を共にすると誓える愛を持てるのだろうかと。

風に吹かれた木々たちが議論でも始めようとしていた。
月は鋭利な冷たさをその身に宿して砕け散る。
あの濃緑の背中は、今何を思っているのだろうか。
少なくとも、愛弟子のためにならば己の命を投げ打つことも辞さないと覚悟しているようだった。
その覚悟は尊くて、まさに青春のシンボルとして太陽を背負い、ギラギラと笑うガイに似合っている。

しかし、どうしてだかその崇高な覚悟を受け入れられない私がいた。

愛の大きさに息を飲み、それほどまでの愛を与えられるのかと自身に問いかける。
そうしているうちに、ふと疑問が湧いて出てきたのだ。
手術が成功すると明言したならば、一緒に死ぬなどと保険をかける必要は無いではないか。
そもそも、いつものナイスガイポーズを決めるガイならばそんなことは言わないだろう。
にっかりと白い歯が浮くような笑顔が与えるのは、絶対的な安心感なのだから。
待っていましたとばかりに、木々がざわざわと論争を繰り広げはじめた。
攫われる髪を抑え、そっと壁から背を離す。
その隙間からすーっと背筋を駆けた風が脳みその中を掻き混ぜ、掃除でもするように思考の一切を取り払っていった。
残されたのは、憧れてきた背中が語る一つのシンプルな答え。

もしかしたら、ガイは恐怖と背中合わせに言葉を紡いでいるのではないか。

そんな気がしてならなかった。
木々たちの声が白熱を極め耳に煩い。
きっと、お前が聞くべき話などもう無いよとでも言っているのだろう。
一抹の不安を抱えたまま、そっと一歩を踏み出した。
その場を後にする足音は、きっと風に溶けて二人には届かない。

尚も木々たちは騒めきを増す。
まるで、私の心の内を明け透けにするように。





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