紫苑のまぼろし | ナノ


邂逅


その場所を見つけたのは偶然だった。

一人になりたい。
それは誰しもが定期的に思うことかもしれない。
アカデミーの頃のように馬鹿をしていた時間には感じたことの無かった、本当に一人になる時間を欲する思考。
己の作戦の甘さを悔いたり、ならどうすれば良かったのかと考察できる場所。
俺はそんな思考にふけれる所を探していた。
ふわりと風に漂う仄かな甘さの植物の香り。
ぽつりぽつりと咲いている紫の花弁を持った花を、どんぐりを拾うように追い掛ければそこには見たこともないお寺がひっそりと建立されていた。
鼻孔を擽る甘さの濃度が増していることに気付けば、辺りは一面紫の花弁を持つ紫苑の花で埋め尽くされている。

此処は。

知らない場所に来てしまった。
そう思うよりも、五感を刺激するものたちに異界へと放り込まれたような気分になった。
木ノ葉にはこんな所があったのか。
感嘆に似た溜息を零して、縁側へと腰を下ろす。
随分と人が来ていないのか、どこか埃っぽさと湿気とでじめじめしていた。
けれど、紫苑の花は圧巻の一言に尽きる。
これで人が来ないのであれば、今の自分には絶好の場所のように思えた。
ゴロリと背中を倒して、横になる。
木々の合間を縫って漂う風は、花の甘さに汚染されて不思議な感覚を呼び起こした。
目を閉じれば、本当に異界だ。
まるで霧に包まれているように心許なくなっていくくせに、肌に触れる空気は感じたことのないほどに柔らかい。
背中に伝う湿気と人に管理されていないだろう人間の気配無い冷たさは、思考の一切を邪魔しないベストの環境だった。
良い場所を見つけたな。
ふっと笑みが溢れ、甘ったるくも感じる風に頬を撫でられる。
あの時、どうして俺は仲間に待つようにと指示を出してしまったのか。あいつにはもっと違う役割があったのではないか。
仲間の顔を、敵の情報を、地形を戦況を。
全てを一つ一つ思い起こしていく。
意識が深く深く沈み込んでいこうとしていた。

かさり。

その音に目を開いたのは、本当に偶然だった。
思考の切れ目だったのか、意識が沈んでいくことに比例して聴覚が研ぎ澄まされていたのか。
どちらにせよ、かさりと擦れる葉音にふと意識を持っていかれたのだ。

「猫か……?」

音がした方に視線をやれば、そこには白黒のぶち柄をした小さな猫がやたら妖艶な腰つきで佇んでいた。
いや、猫だけではない。
気付けば俺が寝ている周りには、盛大に尻尾をぶんぶんと振る真ん丸の目をした犬や、雪だるまのように白い兎。はたまた高いような低いような不思議な声で妙なリズムを鳴き歌う鳥。
そんな動物たちが、数えだしたら両の手では足りないほど集っていたのだ。
ぎょっとしたのは言うまでもない。
飛び起き無意識にそっと腰を引けば、古びた床の木目と服とが驚きを表すようにそっと擦れて音を立てた。

「あら、珍しい」

そんな時だ。

俺が彼女に出会ったのは。





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