いいひと | ナノ


まるで幼子に何かを諭す大人のようだと感じたのは、瞳が優しく揺らめいたからに違い無い。
とくりと、耳に迄伝わってくる脈動。
この人は、私をどうしたいのだろう。
どうなってしまったのだろう。
何が何やらわからなくなる。


「俺は何時もこんな感じだ」
「嘘の皮は何れ剥がれてしまいんすよ」

無理がある嘘、誤りだと指摘している私の声は、酷く動揺し震えていた。
擽るように手の甲を指先が走ったり、甘えるように頬を手に寄せ付けたり、そんな甘酸っぱい行動を取るお客人は、確かに何時もと違うのに。
それに動揺する私の方が可笑しいのか、そんな思考に頭を持っていかれそうになる。

「嘘じゃない」

知らぬ間に伏せていた視線を追って、お客人が私の顔を覗き込む。
畳を映していた視界いっぱいに違う光景が入り込む。
綺麗な瞳と目があった。
無機質で、闇に閉ざされる運命の、私では助けられないその瞳が、あたたかい熱を灯して此方を見ている。
息を飲む。
あまりの近さと、驚きと、暴れ出す鼓動にびっくりして、右へ左へと視線を彷徨わせた。


「ほらな。何時だってお前が先だ」

囁かれた言葉に、はっと息を飲む。
これは、違う。
何が違うのか。
そんな難しいことは分からない。けれど違うのだと。
そもそも話の論点はそこではないのだと、口に出すことを躊躇うのは、それが図星だと思ってしまったからだろうか。
お客人は最初から見抜いていたのかもしれない。
申し訳なさや、不甲斐なさ、後ろめたさや、罪悪感。
その他諸々の思考が、己の目を曇らせていたことに。
そうして僅かに灯る甘い何かも、もどかしい痺れに似た何かも、全て無かったことにして目を背けていたことすら、見抜かれていたのだ。
お客人を、唯の荒くれ者の客と同様に扱うことが既に出来なくなっていたことに、彼は気付いていたのだろう。
じっと見つめられ、頬が火照った。

ずるいお人だ。
賭け事では負けたことが無いと笑う少年のようだ。
今この時も、ほうら、言った通りだろ。なんて言葉が聞こえてきそうな程に、彼の瞳は優しく煌めいていた。
全てを見透かすように見てくるこのお客人を誤魔化す事など、よくよく考えれば出来ようはずもなかったのだと、気付かされる。

己すら誤魔化してこれたというに。





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