いいひと | ナノ


一度、告げたことがある。
手に負えないと。
差し出す薬のどれもが効かないのであれば、私に出来ることはもう何もないのだと。
医学の心得が有るとはいえ、それは気休め程度のものばかり。
お客人の光を繋ぎ止めるには力が無さ過ぎると。

余りにも腑甲斐なくなったので、役にも立たない医療忍術を誤魔化しに施した時のことだ。
淡い緑のチャクラで施したのは眼精疲労に効くまじないに似た何か。
あの時程、情けなく感じたことは無かった。
しかし、お客人はそう思うてはおらなんだ。
それでもいいのだと、少しばかりの光の延命さえ出来れば、未来が変わらなく闇に閉ざされていても構わないと、穏やかに告げてきた。
思えばあの時が初めてだった。
仏頂面の面差しに、微かなあたたかさを感じたのは。

それからのやり取りは、何時もと変わらない。
時たまやってきて、効いているのか分からない薬を受け取って去って行く。
数度に1度、申し訳程度の治療を施し、数度に1度、世間話をして消えていく。
この戯れをあと幾度繰り返すことができるだろう。
残り僅かになっていくのを漠然とした意識下の内に感じ取り、次回くる時はもう少し遅くやって来ればいいのにとさえ思ってしまう。
そう思うてしまう程に、お客人と私の間に残された時間は僅かだと、知っていた。


「今日は、やけに感傷的だな」
煮え切らない表情を読み取ったお客人。
薬を仕舞ったその手が、再び頬をスルリと撫でた。
咄嗟に擦り寄ったのは、彼の言う通り感傷的になっていたからなのかもしれない。

「此処最近、1人で過ごすのがやたら寂しくてなぁ」

きっと雨のせいでありんしょ。

頬に添えられた手を離すまいと、その上から指を添わせ絡みつく。
感傷の理由を雨に押し付けて、それでも隠し切れない感情をかの手に伝える。
我ながらずる賢いものだと感心して、緩やかに唇が弧を描いた。


「確かに、ここ最近の雨は激しい」
「へぇ、ほんに」

お客人が全く見えなくなりんしてな。

取り留めなく戸に視線を移すお客人に合わせて暖簾の先に隠れる戸を見やる。
煙管の煙にやられて汚れた暖簾の隙間から見える戸の先に、相変わらず人気は感じない。

「そもそも、此処に来れる奴などそういない」
「此処ならば或いはと」

越してきて数日で外れた予想を今更言うのも憚られ、語尾を濁した。

「まだ木の葉の方が客が多かったんじゃないか」
「返す言葉もござんせん」

互いに視線を外したまま、けれども、時折悪戯に動くお客人の指先に意識は向いていた。
するりするりと、指先だけが器用に顔を形取る。
気紛れに耳の裏に伸びてきて、濁る音がぞわりと脈動を促す。
寒気のような感覚が、風邪のそれだと思い込みたくなる程、確かに、確実に、私の中にある余裕を奪い取っていくのがわかった。





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