花骨牌 | ナノ

対面



クソめんどーな予選が終わってから数日後。太陽が照りつけるなか、オレは柄にもなく修行なんてものをしている。
親父とアスマ先生にどやされたのが一番の理由だ。本選に進んじまった以上、無様に負けるのは格好悪いと、俺自身も少しはやらなければと思ってはいた。

そうと決まれば取り敢えず修行してみっか。
なんて軽いノリで非番だった親父に修行を頼んだのが間違いだった。迫りくる影から必死になって逃げては追い付かれを繰り返し、やっとこさ安全地帯に滑り込み考える。

この親父、容赦なさすぎる。

肉弾戦の戦いをしている訳じゃねぇから、体力はまだある。しかし頭脳戦だなんだのほざいては、やれトラップだ、やれ影首縛りだのと罠に嵌めようとしてくるその頻度の多さがとても子供を相手にしているとは思えない。修業を頼みはしたが、何かが違うと脳が告げていた。じっとりと額を沿った汗を拭い、親父を睨む。

チッ。
明日はぜってぇ一日中寝てやる。
こんなめんどくせー修行してんだ。使い過ぎた頭を労っても、誰も文句は言わないだろう。それほどにこの数十分で大きく削られたチャクラやら精神力やら体力やらは限界にきていた。

安全地帯だと思っていたその場所に、新たなトラップを発見し慌てて飛び出す。するとそれを待っていたのか、間髪入れずに影が俺の元へと飛んでくる。やけくそに緑茂る森へと逃げ込めば、それは下策だと大きな叱責を食らった。影使い相手に影の中へ逃げ込んでどうすると、もっともな指摘をくらう。
だから、本戦で戦う相手は影使いではないと。何度言えば影を使うことをやめてくれるだろうか。わーわーと煩い親父の指南もそこそこに次の手を考える。ジッと座り込み、手を合わせ深い深い思考に潜る。
親父はそんなオレの姿を見て、ニヤニヤと気味悪く笑った。

「どうした、もう疲れたのか」

「親父が容赦なさすぎんだよ」

「本選で闘う相手は、容赦してくれるボンクラなのか」

少なくとも上忍相手の試合じゃねぇよ。特に影は使わない、と言ってやりたい。
下忍相手に上忍が何やってるんだ。ここまで強い下忍なんている訳ねぇだろ。子供を育てる前に子供を潰す気じゃないだろうな、と微かな疑心暗鬼にすら囚われそうになるほどに、今日の親父の修業は容赦がなかった。


「探しましたよ、シカクさん」

汗を掻いてチャクラ切れ間近の俺と、余裕ぶっこいて更地の真ん中に立つ親父。何か一言言ってやらないと気が済まない。そう思い瞑想を止め口を開けた瞬間、別の声が聞こえてきた。声の主を探せば、親父のすぐ隣に人がいる。いつの間に来たのだろう。

抱え込んでいた怒りの行き場を突然なくされた俺は、思わずやって来た人物を睨むように観察する。どこかで見たことのある顔だった。どこでだったか。穏やかそうな笑みをたたえる人物をじっと観察した。


「あっ、あんた...」

少しばかり眺め、過去を思い起こしてみれば、ぴたりと一致する顔が一つ。つい先日見た顔だった。そして関わる事も無いだろうと思っていたその人でもあった。飄々とした態度で笑みを湛える記憶の人物を思い出して、思わず声を漏らす。

「お取り込みのところ、申し訳ありません」

しかし小さく呟いた俺の言葉は拾われなかったらしい。未だに彼女の視線は親父へと向けられ、親父と何やら話している。
彼女がある意味での有名人であるとは知っていたが、まさか親父まで知っていようとは。彼女の顔が広いのか、それとも世間が狭いのか。きっと予選の時の様子では前者なのだろう。そんな考えるがふと過る。


「おい、シカマル。こっちに来い」

話しが終わったのか、気づけば二人して視線をこちらに向けていた。ただの連絡事項か何かだったのだろう。ついでとばかりに会話の矛先がこちらへ向いたことを悟り、げっと顔を歪める。
こちらが一方的に知っている為の後ろめたさか、或いは間違いなく厄介事を抱えているであろう彼女の所為かは知らないが、めんどくさい事になりそうだと思いながら重たい動作で近付いた。


「息子のシカマルだ」

「はじめまして」

側まで来れば、親父に豪快な手つきで頭をがしがしと弄られた。少しの気恥ずかしさと鬱陶しさを感じて、乱暴に親父の腕を振り払いながら彼女の言葉に軽く返事を返す。

不躾でない程度に観察すれば、案外年上のようで少し驚く。サスケの幼馴染と聞いていたから、てっきり数年しか離れていないと思っていたのだ。彼女の見た目でサスケの隣に並ばれては、幼馴染というよりは近所のお姉ちゃんと、遊んでもらっている子供の図にしか見えない。別に老けてる訳ではないが、俺等の様なアカデミー卒業したてのガキとは違いがありすぎる。

とは言っても、見た目からでは彼女の力量なんてもんを量ることもできず、彼女に対する周囲の評価が正しいのかそうでないのかさえ、検討もつかない。彼女について最後に考えた内容が心ない噂話であったがために、どうしても彼女の力量がどいうものかを知りたくなる。暗号を目の前にだされ、紐解いていくような探求心にもにた好奇心が首を擡げた。

「こっちは部下の紅葉だ。中忍選抜試験にも出てた。見たことねぇか」

「予選時に棄権した・・・」

見たことあるどころの騒ぎじゃない。予選が行われている最中噂の種になってたなんて、本人は思ってもいないだろう。見たことがある旨を告げれば、飄々としていた彼女の表情が崩れる。困ったように眉を下げ、彼女は苦笑をもらした。

「まいったな。そんな覚えられ方してたなんて」

「お前の場合、自業自得だ」

眉を下げ頭をかく彼女に、親父は容赦ない一言を浴びせる。どうやら親父も彼女の棄権癖には手を焼いている様だった。


何か、意外だな。

親父とのやり取りを眺めながら、そんな事をふと思った。俺の知る彼女を構成する要素は負の言葉が多い。だからかもしれない。ひねくれた奴なのかも、なんて勝手に思っていた。さらに言うなれば、彼女はあのサスケの幼馴染だ。きっとサスケと似たような性格をしているに違いない、なんて妙に納得した気さえしていた。
しかし実際はどうだ。困ったように笑う彼女の表情は、どうみたってまだまだ大人になりきれない子供のそれであるし、相対する親父の態度は俺に向けるそれと大して変わらない。
自分に対する負の噂など、一切気にしていないんじゃないか。そう勘違いしてしまう程に、柔らかかった。

まぁ、そう見えた。
だけの話だが。


「それじゃぁ、修行の邪魔をしてごめんなさい」

修行中であったことに気付いていたのだろう。口早にそう告げると、彼女は颯爽とどこかへ行ってしまう。思考に没頭していた俺は、彼女が消えるその瞬間を見事に見逃し、親父のおちょくりを含んだ言葉で意識が覚醒する。

「どうした、紅葉はもういないぞ」

からかいたがりの親父が、気持ち悪く笑って顔を覗き込んでくる。

「・・・そんなんじゃねぇよ」

めんどくせー。

そう言って親父を退けながらも、意識だけは未だに彼女の居た場所にあった。別段、特別な何かを抱いたとかではないが、印象に残る出会いであったことは確かだった。

天才と呼ばれた過去を背負う強い人というイメージから、むしろ本当に気にしていないのではという、酷く鈍感な感性の持ち主のイメージに変わったからだ。

どちらが正しいかどうかは知らないが、少なくとも中忍選抜を棄権した人物だという認識のされ方をしていても、別段堪えた風がなかった。
子供の戯言に耳を貸していないだけかもしれない。将又表情を隠すのが上手く、自分の感情をひた隠しにしているだけかもしれない。


けれど初めて会って、噂でも評判でもない彼女と対面しての第一印象がそれだったのだ。

思っていた人物像と、違った。
それは彼女が取り繕った人物像かもしれないが。


なにがなにやら。
暗号を紐解こうと躍起になる頭は、少なすぎる情報にバグを起こす。

そもそも、何故彼女のことを考えているのだったか。親父の部下だからだろうか。それともスカしたサスケの幼馴染だからだろうか。それとも、最近になって急に彼女の名前を聞くようになったからだろうか。



「いつまでそうしてるんだ、修行するぞ」

ぱしり。
小気味良い音と共に、頭を叩かれた。あの予選会場の時のように、思考が薄れていくいく感覚がする。



いてぇよ。

たいして痛くもないのに苦言を呈す。
視線は親父に向いていた。



思考の沼にはまりそうでになっていた俺は、意味もなくそっと息を吐く。
呼応するように彼女の存在がすっと薄くなっていくのを感じながら、親父に憎まれ口を叩いた。



今やるべきは、親父をどう出し抜いて修行を終えるか。

疲労の溜まった体で考えられるかは知らないが、それしかないと意気込んだ。



彼女の存在は、またしても影を潜めていった。





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