花骨牌 | ナノ

戒心


「香坂紅葉には気を付けろ」

そんな忠告を受けたのは、予選の試合が終わった翌日だった。

難しい顔をしてそう告げたバキ隊長を不思議に思ったのは記憶に新しい。なにせ隊長が気を付けろと注意した相手は、今年中忍選抜試験を受けた下忍だという。これから里を攻めようとしている時に、何故そんな取るに足らない存在を気に掛ける必要があるのかと思った。気を付けるべき相手はもっと他にいるだろうと。

しかし、わざわざ告げてくるくらいなのだからきっと何かがあるのだろう。そう思い隊長に続きを促すも、返ってくる情報には首をかしげるばかり。略式のプロフィールを知らされたところで、だからどうしたと、そんな少ない情報だけでどうしろと言うのだと疑問を口にしたのは言うまでもない。
下忍相手に何故警戒するのだとか、彼女の何に対して警戒すればいいのだとか。注意を促しておきながら、詳しいことは何一つ教えてもらうことは出来なかった。

あまりにも一方的な通告に一瞬ばかり眉を寄せはしたが、きっと何かあるのだろうと自分の中で落としどころを見つける。忍なんてやっているくらいだ。運ぶ巻物の内容を意図的に知らされないこともあれば、知ろうとする好奇心に負けたこともない。籠に乗って運ばれる令嬢が、実際のところ本当の姫君であったかどうかもどうでもいい。


与えられた任務を熟す。
それが里のため、ひいては己のため。忍の本質はそんな少しばかり薄情なところにあるのだと知っている。ならばこれ以上語ろうとしないのにも同様に理由があるのだ。それは私たち如きには伝えられない何かか。あるいは伝えるべきではないと判断されたためか。



どちらでもいい。


何人という人間が住む里内でそうやすやすと彼女に会うとも思えないが、けれども気を付けろと言うのだから、気を付けるににこした事はないだろう。そんな気持ちでいたのがいけなかったのかもしれない。



バキ隊長に了承の意を唱えてから数日後。そんな留意する程度の警戒心はあっという間に崩される。目の前に広がるのは甘い甘味と渋みの効いたお茶。そして向かいの席には私の話に合わせて軽やかに笑う女性。ここ数刻ばかりのあれやそれ、細々とした詳細を省き端的に告げるならば、こうである。

私は、あの香坂紅葉と仲良く茶屋で話し込んでいた。



切っ掛けは至って簡単。
一休みしようと甘味屋に足を運び、甘味に舌鼓を打っていたら相席を頼まれた。誰かも知らぬまま了承してみれば、連れてこられた客がそうだったというまさに偶然。
相手の顔を見て跳ね返すのも失礼な話しであり、何より相手はこちらの事を知らない。変に拒絶して何かを勘繰られるのも得策ではない。ならばここは普通に対応するのが一番なのだろうとあたりをつける。

普通に甘味を味わって、普通に帰ろう。
バキ隊長が注視する相手だ。きっと私が何か情報を掴みとろう詮索してみたところで、何も掴めやしないだろう。下手に手を出すのは良くない。
そう。深追いなんてせずに、さっさと食べて帰ってしまおう。


しかし私の決意は簡単に崩れ去る。

彼女、兎に角話しやすいのだ。
初めこそ警戒し、さっさと席を立とうとはしていたが、次第にその気分は薄らいでいく。運ばれてきた湯呑の熱さに驚き引いた手が、まさかの後ろの客の後頭部にクリーンヒット。慌てて謝ろうと立ち上がれば、ガタリと机が大きく揺れて際に置かれた湯呑ががしゃり。景気良い音をたてて床に散らばる。
そんな面白い光景を見させられて、警戒が緩くなってしまうのは仕方のないことではないだろうか。ましては相手は下忍。見た目こそ私より幾分ばかり年上のようだが、こんな漫才にでもなりそうな出来事を目の前で意図せずやってしまうようなやつだ。

そう思ってからははやかった。心のどこかであれは演技だったのかもしれないとセーブをかける自分がいるにも関わらず、喋りかけた口は止まらない。
話しのネタも豊富であり、へにゃりとした笑みが幼子のよう。要するに、私は意図も簡単に絆されたのだ。
警戒しなければと意気込む度に緩んでいくそれの不思議なこと。気付けば彼女と仲良く甘味を口にしていたのだった。


「紅葉さんは砂の里に住んでいたのか」

「まぁね。と言っても昔の話しだから」

名前を呼び捨てにするか否かの押し問答の後やってきたのは、自里の話題。数瞬現実に引き戻されたそうな気もしたが、警戒よりも先にやってきた驚きにそれはまた薄れていく。

どうやら彼女、砂の里に住んでた時期があるらしい。
商売人の母親について行ったんだそうだ。


「覚えてる事と言ったら、砂ちんすこうが美味しかったっていう事ぐらいかなぁ」

にこり、笑って告げる彼女。この数分で彼女の脳内は団子にぜんざい、果ては砂ちんすこうへと目まぐるしく駆け巡っていることだろう。あれも美味しいこれも美味しいと彼女は目の前で甘味をぱくりと平らげていた。


やはり彼女は喋りやすい。 気を抜くと何でも話してしまいそうだ。
最早警戒とは一体何であったかというように、私は彼女に気を許しつつあった。まるで何かの術にでもかかってしまったように、彼女に対しての警戒が沸いてこない。これが隊長の言っていた気を付けろと言う事なのかもしれないが、どうも演技には見えない。
それともあれか、普段仏頂面な男ばかりと喋っていたせいで、女性同士の会話に酷く心和んでいるのか。兎角彼女と喋るのは、とても楽しいと、そう感じた。


「なら今度、

「テマリ」

彼女を誘おうと身を前に乗り出した時、聞き慣れた声が言葉を遮り、ふと我に返る。


「・・・カンクロウ、我愛羅」

視線を向ければ見下げてくる二つの視線にはっとなる。そういえば、この後にバキ隊長との打ち合わせがあったことを思い出す。

しまった。
そんな事まで忘れてしまうなんて。

どうも彼女といると気が緩みすぎてしまうようだ。しまったと顔を歪めれば、きつい眼差しのカンクロウと目が合った。


「すまない、紅葉さん。用事があるのを忘れていた」

名残惜しさを交えて告げれば、少し残念がった表情で大丈夫と笑う彼女。次いで、ちらとカンクロウたちを見やった。
ああ、そう言えばさっき、兄弟で班を組んでいると話したっけ。自分でも心底思うが、あまり似ていない彼らを見て不思議に思っているのかもしれない。

「ふふ。聞いた通り、あまり似てないね」

くすくすと可笑しそうに笑う彼女に軽く同意した。


「テマリ」

「あ、あぁ。悪い」

再度話しだしそうな雰囲気を読み取ったのか、カンクロウが再度強く名前を呼んでくる。わかっていると返事をし、彼女に挨拶をすました。


「じゃあね、テマリさん。カンクロウくんと我愛羅くんもまた」


手を振ってふにゃりと笑う彼女に、もはや警戒心など抱くはずもなかった。





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