花骨牌 | ナノ

に溶けて


何回目かの棄権宣言をしてから数日後のある日。里中が本選の準備をするなか、私は火影と対面していた。理由は色々あるが、特質して上げるならば火影とは茶飲み友達だからだと言うのが定石だろうか。

「相変わらず紅葉の淹れる茶は美味いのぉ」

「火影様好みの茶の淹れ方なら、負ける気がしません」

のほほんとした穏やかな空気と、緑茶の豊かな匂いが辺りに広がる。私が火影にこうしてお茶を淹れる様になってから随分と経つ。始めはそう上手く淹れられなかったお茶も、数をこなせばなんとやらだ。今では随分と上手くなったものだと自分でも思う。

「紅葉とお茶をする様になってから随分と経つ」

「私が10の時からですから、もう8年になりますね」

「そうか、もう18になるのか。若者の成長スピードには、本当に驚かされるわい」

ほっほっほっ。

穏やかな顔を更に緩ませ笑う火影に合わせて笑みを零した。
そう、確かに月日は思ったよりも早い速度で過ぎていく。火影と二人きりで開かれる茶会が、もう8年もの間続いている。思春期なんて呼ばれる時期をその8年の間に済ませていた私には特に、呼吸をしたらもう次の年だったなんて冗談が言えるくらいには足早に駆けていったそれらを少し惜しくも感じていた。

そんな8年という年月が連れてきたのは、成長だけではない。あらゆる物事が変化していく中で、年月は停滞すらも運んでやってくる。
一介の下忍がそう簡単に火影と茶会ができる訳もない。忙しい合間を縫ってもする必要があると感じなければ続けなかったそれは、8年もの長い月日の中行われてきた。


それは私が中忍になるのを拒み続けて8年、という事にもなる。心身共に過不足なく成長してきたはずが、何故か役職は追い付いてこない。その事実に毎年そっと安堵の溜息を漏らすのも恒例となりつつあったここ数年は、この異常な停滞がこのまま続いて欲しいなどと思ってすらいた。
時が過ぎ行くからといって、何も全てを進めなくても良いではないか。そんな傲慢な思考を億尾にも出さずに、火影と会話を進めていく。この停滞が何時までも続くはずがないものだと分かっていても、予想以上に長く持ちこたえる事ができた安堵ばかりが私の心を支配しようとする。まだ大丈夫。まだいけるなんて甘い空想を抱かせようとするのだ。

けれどそれも本当に、今回で終わりなのだろう。珍しくかたい笑みを浮かべる火影を観察して気付く。もう、彼では上の暴走を抑えられそうにないらしい。穏健派であるとは言っても、所詮何を企んでいるのか分からない小娘一人を、強く庇い立てするはずもない。あの大蛇丸がこの里に紛れ込んだという今は特に。


「紅葉。この間も言った事じゃが、そろそろ限界じゃ。覚悟を決めねばならん」

一頻り談笑した後、告げられた言葉は、想像通りのものでしかなかった。お茶会に誘われた時から、うっすらと勘付いてはいた。今年ばかりは、逃げ切れないのではないかと。持っていた湯飲みを机に置き、穏やかな表情を引き締めた火影を見つめる。
分かっていたことだ。8年、8年もの長い月日をこの状態でいれた事の方が奇跡的なのだから。

「今回も紅葉の元に忍昇格命令の書状が届くじゃろう。勿論、今まで通りに蹴ってもいい。しかし、今回蹴ったならば、お主は話さねばならなくなる」

何を、とは聞かない。
聞かなくても分かっている。

「里長の命を蹴る程の理由を、儂らが納得するだけの理由を話さねばならなくなるじゃろう」


そう。
私が中忍になりたがらない理由を、誰も知らない。上層部を抑えてくれている火影すら、知らない。なるならないは自分で決めていいのだと言って、火影は穏健派らしい穏やかな対応で詮索してくる事はなかった。上層部も、火影の口添えと真面目に任務をこなす私に強く出れなかったという事もある。


だがしかし、中忍選抜試験に大蛇丸が侵入した事や、砂の動きが怪しい事から、ここにきて火影も抑える事は不可能だと判断したのだろう。寧ろ、火影も私を怪しいと思っているのかもしれない。なんせ木ノ葉に戻ってくる前は砂隠れの里にいたのだから。少なくとも上層部は間違いなく砂の内通者だと思っているに違いないなかった。

「やっぱり私、怪しまれてますか」

軽くそう問えば困った様に眉尻を下げる火影。
次いでせめて儂にだけでも理由を話してはくれないかと、お願いをされる。皺がくしゃりと悲し気に火影の頬を象る。長年この均衡を保ってくれていたことへの恩はあれど、それを今ここで返すことはできそうにない。


「別に、隠す程の大層な理由なんて無いんですけどね」


死にたくない。

ただ、それだけですよ。


努めて平静に舌を滑らす。視線を意図して外し、さもか弱げで未熟な様子を装った。
忍にあるまじき自己中心的な考えだと罵られることを覚悟で述べたその戯言の真意を汲み取って、今は引きさがってくれるようにと言外に頼む。

ぐっと押し黙り私を観察する火影。そっと伏し目がちに顔を上げれば先程と何一つ変わらない表情の火影と目が合う。

なりたくないならと今まで庇ってくれていたことには感謝をしている。その好意を受けるだけ受けて、恩を返そうともしていないのも確か。けれど、どうしても。



「・・・至極全うな理由じゃな」

納得した様子がない火影。けれども悲壮と落胆の表情に塗り尽された表情を浮かべるも、問いつめてこない優しさに気付かぬ振りをして甘える。手慰みに啜ったお茶が、酷く苦く感じた。


「もし、今回も、」

茶でも濁せなかった空気を取り繕うとして止める。折角見逃してくれた話題なのだ。蒸し返す話ではないだろう。

ごくり。
また一口、茶を口に運び溢れそうになった言葉をお茶と共に腹へ押し込めた。そうして何でも無いと頭を振り、愛想笑いを浮かべる。なんてお粗末な誤魔化し方だろうと分かってはいても、火影はきっとこれで騙されてくれる。黙って、私から告げるのをひたすら待とうとするお方なのだから。


「さて、私はそろそろお暇しますね。ごちそうさまでした」

もし、今回も、私が中忍になることを拒んだら

火影様は、私を木の葉の敵と見做しますか。


逃げるように退出した私は、きっととんでもなく薄情な存在として認識されたに違いない。





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