花骨牌 | ナノ

音が近付く


うちはサスケは戻って来なかった。
しかしサスケ奪還に向かったメンバーは全員生きている。
中忍になって初めての任務にしては上出来だ。
何より、悔しげに震える肩が、そう確認足らしめるに十分な材料となっていた。



奈良シカマル。
どうやら彼を中忍に昇格させたのは間違いではなかったらしい。
小さく燃ゆる木の葉の意志に、この里もまだまだ捨てたもんじゃないと、そう思えた。


「ただいま戻りました、綱手様」

感慨に浸りそうになった時、2つの足音がその思考を遮った。
視線を向ければ、シカクが背を預けていた壁の角からひょこりと顔を出した紅葉がいた。
側には砂の里の少年を連れている。
恐らく人柱力である砂 漠の我愛羅であろう。

そうか、彼が。
チラと視線を寄越し見れば、随分と大人しそうな印象を受けた。

「速かったな」

「ええ、まぁ。其れより、リーくんの足を診てあげてください」

ふと紅葉に視線を向ければ、違うところへ向けていたらしいその瞳が此方を向いた。
リーの容態を知らせてきた紅葉の顔は、あいも変わらずへにゃりと笑みを作っている。
今は大人しくリーの側に付いているが、何時痺れを切らして飛んで来るか分からない。

そう告げられ、言うまでもなく頭に浮かんできた熱血漢に苦笑いを零す。
暑苦しいのがやってくる前に、さっさと治療しに行くのが得策だね。

「それじゃぁ、シズネ。後は頼んだよ」

「はい、綱手様」

早々に次の行動を決め、シズ ネに声をかける。
目の前で男泣きしてる奈良家の餓鬼はもう大丈夫そうだし、何よりシカクがいる。
私が口出しすべきことじゃないだろう。

「それでは綱手様、私は砂の里の彼等を宿屋に案内してきますね」

シカマルに視線を向けてから歩きだそうとすれば、さっと仕事を申し出た紅葉と視線が被る。
表情は相変わらずにこにことしたまま。

「わかった。後で任務の報告に来い」

「かしこまりました」

失敗したのか、成功したのか。
あんな表情されてちゃわかりっこない。

が、しかし。
きっと彼女は任務を遂行しているのだろう。
あの全てを計算して出されたような笑みが、酷くそう思わせる。
彼女にとってはこれが中忍での初任務だったのだが、どうやらこっちは心配 すら不要だったようだ。
これなら其処に大人しく佇む砂の小僧の方が、まだ扱いやすいだろうに。



「紅葉、任務はどうだった」

「お疲れ様です、シカクさん。ご命令通りに」

コツコツとヒールの音が響く中、背後から聞こえてきた会話に耳を傾け、やはり任務は遂行したらしいことを知る。
飼い慣らされた猫のように人懐っこい笑みを浮かべる彼女にも、火の意志はあるのだろうか。
ふとそんなことを思った。
初任務を失敗した奈良シカマル。
初任務を成功させた香坂紅葉。

どちらも芽吹き始めた木の葉の忍。
根摘みするには惜しい存在であることに変わりはない。
ただ、もしどちらか。
どちらか片葉をもぎ取らなければいけないとしたら。
一体どちらを摘むの だろう。

考えたくもない思考が頭を過り、思わず舌打ちをする。
それもこれも、彼女が余りにも飄々としているのが悪い。

ここ最近調べ上げた資料を思い起こして深い息を吐いた。
彼女がいない間にわかったことが随分とある。

うちはの兄弟の幼馴染みだったこと。
里内での彼女に対する評価のこと。
相談役のコハルに怪しまれていること。
幼少を砂の里で過ごしていたこと。
そして、

その砂の里で母を亡くし、木の葉に戻ってきたこと。

安穏とし始めた時代の中では、まぁ、それなりに波のある人生を送ってきているようだった。
特に怪しいのは砂の一件。
表上は出稼ぎ商人だった母の不幸な事故として処理されているが、実態はどうだか。
コハルに探りを入 れても黙りを決め込み、ますます怪しい。
何より、其れ等一切を覆い隠すように笑い続ける彼女が不思議でならなかった。

あれでは、何かあると勘繰られて当然ではないか。
何かあると。

「・・・待てよ」

カツリ。
廊下でふと足を止める。
鳴らしたヒールの音が、思考を鋭敏に研ぎすませていくかのように木霊した。





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