花骨牌 | ナノ

女にサスケは止められない


間に合わなかった。
パックンの案内で辿り着いた先にいたのは、ナルト、お前だけだった。
激しい戦闘があったのだろう、気を失い仰向けに倒れるナルトを背負う。


終末の谷。

まさか、こんな所で二人が戦うなんて。
皮肉なものだ。

背中にずしりと感じる重みに安心する自分と、傍らにいるはずの姿が見えないことに後悔する自分。
きっとどちらの感情も本物なのだろうけど、後者の痛みを出来れば知りたくは無かった。

三代目が大蛇丸を可愛がっていた気持ちが今なら分かる。
例え里抜けしたとしても、サスケを嫌いになることなどできない。
この、ナルトのように。


「雨、止んだな」

谷底に流れる流れを見つめていれば、先程の豪雨が嘘のように泣き止んだ。

「あの雨だ。もう匂いじゃ追えねぇ」

それでも動けずにいる俺を諭すように告げるパックンに返事をする。

そうだ。
今はサスケを追うよりナルトが先だ。
早く里に戻って、綱手様に。
鉛のように動こうとしない足を叱咤する。
何故だろう、こんなにも足が重い。


「カカシさんの代わりに、私が追いましょうか」

ようやく足を動かし、谷に背を向けた時。
俺の気分とは真反対の、随分と軽やかな声が聞こえて来た。
視線を向かわせれば、そこにはゆるく孤を描く見慣れた笑顔があった。

「お前、何でここに」

「もちろん、サスケを追ってきたんですよ」

もういないみたいですけどね。
谷底をそろっと覗き込み呟く姿に、悲哀は感じられない。
何時も通りの紅葉 が、そこにいた。



「お前ねぇ」

あまりに変わらない彼女に、気持ちが少しだけ落ち着いた。
サスケが里抜けしたという事実は、さして大きな問題ではないと、
そう言われているみたいだった。

「何時かはこうなるかもって、予想してはいました」

「だったら」

「それでも」

もしかしたら。
決してあり得ない未来じゃなかった。
数ある可能性の中から、排除していた訳ではない。
ただ、見込みが甘かっただけ。
紅葉はそんな急いている俺を落ち着かせるかのように言葉を遮った。
まるで、何でもないと言いたげに。


「それでも、私にサスケは止められない」

くるりと背を向ける彼女。
言葉をゆっくりと噛み締めてようやく、彼女の痛みが伝わってきた。
うちはイタチが里を抜けて、その弟のサスケまでもが抜けた。
二人の近くにいた紅葉が今回のことをどう思っているかなんて。

がくり。
盛大に肩を落とせば、背負っていたナルトの重さまでが俺にのしかかってきた。


「それで、どうしますか」

「どうって」

「サスケを追いますか、追いませんか」

気の重たい俺とはまるで正反対の、はっきりとした声。
小首をかしげ尋ねる紅葉に向かって首を横に振る。

「いや、今はナルトが先だ」

この先に敵が潜伏しているかもしれない。
たとえサスケに追いついたとしても、
きっと彼女では。
ナルトを優先すると言った俺に向かって一つ頷く紅葉に罪悪感が募る。

彼女ではサスケを止められない。
さっき彼女が言ったよう に、サスケが里抜けする可能性を予知できていたのに止めることができなかったのだ。
そんな彼女の言葉を、果たしてサスケが聞き入れるのか。
きっと聞かないのだろう。
だからこそ、彼女も俺の判断に頷くだけで何も言ってこなかった。

彼女は知っている。
自分ではサスケを止められないことを。


あの日、あの時。
イタチを止められなかったように。





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