苛つく心
「何故です。何でサスケくんを追わないんですか」
目の前にいる女性に声を荒げた。
彼女が現れたのはつい先程。
里を飛び出し追いついたはいいものの、本調子じゃない体と、骨を巧みに操る相手の実力にやられる、そう思った時。
砂の忍、我愛羅くんと共に現れたのが彼女だった。
何処かで見たことのある顔だということや、額に輝く木の葉のマークを見て援軍だと安堵したのも束の間、
何方が敵の相手をするかというやり取りを目の前に、思わず口を挟んでしまった。
「僕は1人でも平気です。それより、早くナルトくんを追ってください」
そう我愛羅くんに進言するも、それに答えてくれる様子はない。
このままでは埒があかない。
兎に角敵を足止めしなければと走りだせば、右足を砂に引っ掛けられ盛大に転んでしまった。
くすくす。
我愛羅くんと一緒にやってきた女性は、手で口を隠し控えめに笑った。
わ、笑われた。
突然の暴挙に対する我愛羅くんへの怒りと、失態を犯して笑われるという恥ずかしさからつい声が大きくなる。
「ごめんね、リーくん。思わず」
「い、いえ。それより、あなたは」
突発的な怒りは、知り合いではないはずの彼女から名を呼ばれたことで鎮火した。
あれ、知り合いでしたっけ。
見たところ彼女は木の葉の忍のようだけれど、彼女と一緒に任務に出たことや、話したことはない気がする。
もしかして忘れてしまったのかと、怒りよりも焦りが勝った。
「ガイ先生の愛弟子のロック・リーくん、でしょ」
敵と対峙しているのを忘れそうになる程に軽やかな声だった。
次いで自分は香坂紅葉だと述べ手を差し出してくる彼女。
香坂紅葉。
何処かで聞いたことのある名だ。
思わず握り返した手を見つめ考える。
何処かで。
確か・・・
嗚呼、そうだ。
中忍試験会場で見た気がする。
疲弊しているとは思えない態度での棄権を、ネジが訝しんでいたのを覚えている。
その後、サクラさんが彼女のことを気にしていたので耳を傾けていれば、
どうやら彼女はサスケくんの幼馴染みらしいという事を知った。
香坂紅葉。
確かそんな名前だった気がする。
「それじゃぁ、我愛羅くん。彼のお相手宜しく」
「え」
思考が入り始めた時、さも当然のように紅葉さんが合図を送る。
慌てて振り向けば、敵が正に攻撃を仕掛けてくる所だった。
指の先から骨を飛ばし、 まるで銃弾の様な威力で此方に迫ってくる。
反射的にそれと対峙しようと体を動かしかけてようやく気づく。
紅葉さんと手を繋いだままであることに。
「リーくんはお休み」
「しかし」
「大丈夫だよ。いざとなったら私もいるから」
ゆるり。
そう笑う彼女に目を向けた。
けれど貴方は、
「貴方は確か、中忍試験で棄権していた方ですよね」
「凄い記憶力だね」
軽く目を見開きそう告げる彼女を見て、やはりあの時の人だったのだと確信する。
同時に、試験で棄権をした人がそうどっしりと構えてられるものなのかと訝しんだ。
しかし、その考えは甘かったらしい。
眉を顰めた僕の思考を読み取ったのか、可笑しそうにくすくすと笑ってから、自分の着ているベストを軽く叩いた。
そうだ。
そのベストを着ているということは、彼女は少なくとも中忍以上ということになる。
彼女が何故ベストを着ているのか、そこまでは推測できなかったが、
もしかしたら、本当に大丈夫かもしれないという結論に辿りつき、徐々に体の強張りが抜けていった。
彼女は其れを確認してようやく、握っていた手を離す。
とは言うものの、戦闘に乗り損ねたこの微妙な心持ちをどうすることもできず、我愛羅くんの対戦を眺めるよりなかった。
隙あらば参戦しようと、目の前の戦いに目を向ける。
しかし彼女はそうでもないらしい。
ごそごそと動く音に視線を寄越せば、何時の間にか口寄せしていたらしい鳥を従える姿が見えた。
「それは」
「他の所の様子も見ておこうと思ってね」
僕は分かりやすいのだろうか。
先程から、質問をする前に回答がやってくる。
そう思っていれば、また可笑しそうに頬を緩められた。
かっと熱が登るのを会話を繋げることで誤魔化した。
「ナルトくんの様子も分かるんですか」
「わかるよ。きっと今頃は2人で戦ってるんじゃないかな」
「えっ!もう分かったんですか」
「今のは予想。けど、多分間違ってないよ」
緩やかな弧を描いた口からそう告げられた。
ナルトくんとサスケくんが戦っている。
ということは、サスケくんは。
「もし、ナルトくんがサスケくんと戦っているなら」
「んー」
彼等の元へ行って、ナルトくんを助けてあげてください。
そう言おうとしたところで、難色の声が上がった。
彼女の唇は変わらず弧を描いているが、発せられるそれは渋るように唸っていた。
「ごめんね、それは出来ない」
「何故ですか」
「それは私の任務じゃないから」
予想外の回答に思わず眼を見張る。
彼女は、援軍として来たのではないのか。
はっきりとした意思を持って敵と対峙している我愛羅くんを遠くから見つめた。
彼は木の葉同盟国として来たと言っていたのに。
彼と一緒に来た彼女も、てっきり同じ目的だとばかり思っていた。
「サスケくんが心配じゃないんですか」
変わらずに飄々とした態度の彼女。
援軍としてきた訳じゃないなら、一体何をしに来たというのか。
「だって彼、里抜けしたんでしょ」
鈍器で殴られたような音がし た。
幼馴染みであるはずのサスケくんが里を抜けた。
同じ木の葉の里の仲間が、里を抜けた。
それは、彼女にとってそんなにどうでも良いことなのだろうか。
「里抜けした者を心配する余裕が、貴方にはあるの?」
心底不思議だと声音が言っている。
何ですか、その言い方。
それじゃぁあまりにも、あまりにも。
「何故です。何でサスケくんを追わないんですか」
許せなかった。
幼馴染みをあっさりと見捨ててしまえる人がいることに。
そんな人が、同じ木の葉の忍だなんて。
声を荒げる。
きっと目の前の彼女にはそれでも通じない。
飄々と笑う姿に、酷く心が苛ついた。