花骨牌 | ナノ

え方


木の葉からの援軍要請を受諾したその日の内に、私達は砂の里を出立した。
情報によればうちはサスケは音隠れへと向かっているらしい。
木の葉の忍の足止めが上手くいっていれば、まだ火の国内部に。

もし失敗していたとしても、このスピードで向かっているのだ。
最悪うちはサスケが国境を越える前にはなんとか追いつくだろう。

砂を出て二日目、火の国の領土に差し掛かった時の出来事だった。





「ここからは私が先駆けを務めます」

ぴたり。
我愛羅を先頭にして走り始めてから暫く、
物事を考える余裕も落ち着きも出始めた頃、
唯一の木の葉の忍である彼女が突然発言した。

「ここから先は火の国の領土です。地理に明るい私が先頭に ついた方が いいでしょう」

突然の提案にカンクロウが喰ってかかろうと前のめりになった所で、彼女は淡々とそう告げた。
言っていることは正論だった。
今までは彼女よりも私達の方が砂漠の地理に明るかった。
しかしここから先は違う。
確かに、彼女に任せた方がいい。

「わかった。任せる」

先頭を走っていた我愛羅が後退してきたことで、彼女が代わりに先頭へと歩を進めた。

「そう言うことは先に言っとけよ」

ぼそり、苛立たしげに呟いたカンクロウを慌てて嗜めた。
聞こえるぞ。



そう告げようとして、失敗に終わる。
前を走っていた紅葉さんがそれよりも早く反応したのだ。
声音は相変わらず落ち着いている。

「確かに、そうですね。事前に言っておくべきでした。す みません」

「わ、分かればいいじゃん」

素直に謝られるとは思っていなかったらしいカンクロウが慌てたように返せば、彼女はくすくすと笑った。

「意外ですか」


何が。
と、問うまでもなく何の話か分かってしまうのは、やはり意外だと感じてしまったからだろう。

「誤解しているようなので先に言っておきますけど」

私は、貴方達を嫌いだとは思っていませんよ。
前に視線を向けたままの彼女が一体どんな表情をしているか分からなかったが、それでも、驚いた。

「でも、私たちは」

「それは里の命令でしたこと、そうでしょう」

はっきりと断言され、二の句が告げない。
木の葉崩しの際に彼女に言われた言葉を思い出した。


砂の命でしたこと。
一介の忍はただそれ に従うしかない。
彼女はそれをとても悲しいことだと表現した。
確かに、あの時の彼女から敵意は感じても、憎悪は感じられなかった。
敵意と憎悪を視線だけで見分けられるものが果たして何人いるのか、という話にもなるけれど。
少なくとも、嫌っていないという言葉に嘘は感じられなかった。





「まぁ、信用はしてないですけどね」

嫌われていない。
それに安堵しかけた時、彼女はキッパリとそう述べた。
分かってはいたが、改めて口にされた言葉に思う以上の悲しみを感じていた自分がいた。

彼女と初めて出会ったのは木の葉の里にある甘味屋。
相席を頼まれて、やってきたのが紅葉さんだった。
バキ隊長からも忠告されていたのに、気がついたら、彼女との会話を楽しんでいた。

本当に、不思議な感覚だったんだ。
久しぶりに女同士で会話をしたという嬉しさと、
今まで同盟を組んでいた相手を裏切らなければならないという後ろめたさで、
私の脳が彼女を好意的な存在として見せたのかもしれない。


結局、私は甘かったのだ 。
人の良さそうな理屈を並べ立てておきながら、私が行ったことは裏切りに他ならない。
彼女に信用されていないと告げられて悲しむことすら。



「しかしそれは、どちらにも言えることです」

俯きかけた思考に、静止の声がかかった。
前を向いている彼女がどんな表情でその言葉を発しているかはわからない。

「風影を殺したのは大蛇丸です。たとえ抜け忍であったとしても、彼は木の葉の忍です」

凛とした声が響いた。
移動中に発せられた、酷く聞きにくい声であるはずなのに、はっきりと聞こえる。

「だから、砂も木の葉を信用しなくていいんです」


ひゅっ、と乾いた喉に空気が通った。



なんて悲しい考え方をするのだろうと、そう思った。


それではまるで、


まるで、嘗ての我愛羅のようじゃないか。



瞬間的に目を見張り彼女の後ろ姿を見つめる。
彼女の表情が見えないことに、少し安堵した。
せめて、彼女の顔が悲しく歪んでいればいいのに。



「俺は木の葉を信用している」

遂に誰もが喋ることを止めて静かになった時、我愛羅のはっきりとした意思が聞こえた。
思わず振り返り顔を見る。
相変わらず表情は固いままで、何を考えているのかわからない。
けれど、嘘をつける程器用な性格でもないことは知っている。
あの我愛羅が。


「・・・そうですか」

冷たい声が答えた。
我愛羅の意思が届いたのかはわからない。
理解はしてくれなくていい。
せめて、届けばいいと思った。


走る背中を追う。
木を強く叩く足音すら 掻き消す 程の強い風が吹いた。
前に進むのを拒む様な一迅の風に、目が霞んだ。





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