花骨牌 | ナノ

の忍


「目的を忘れるな」

その言葉を紅葉以外の口から聞いたのは、初めてだったかもしれない。


真夜中に突然現れた音の忍。
皮肉にも彼女と同じ言葉を囁いて復讐へと駆り立ててきたそいつ等を鼻で笑った。
既に影すらも消えた場所に視線を向ければ、ただただぼんやりとした月明かりに照らされた里があった。


突如現れた音忍は、大蛇丸の使いだと言っていた。
俺が彼奴に復讐するための力を欲するなら共に来いと、そう言われた。


力は欲しい。


けれどこの場所が好きになりつつあった。
仲間が出来て、紅葉がいて。
ぬくぬくと温かいお湯に浸かっていられる日常に、安穏としていた自分がいた。




つい先日までは。

紅葉が任務で 里を出て から数日。
普段は会わなくても気にしないのに、居ないとわかった途端に気が立つのは何故だろうか。

きっと、毎度お構い無しに部屋へと上がり込んでくる存在がいなくなったせいだ。
けれど、同時にほっと安堵もしていた。
彼女が、俺にどうしてほしかったのか。
それが、分からなかったからだ。


目的を忘れるな。

けれど選べるものは一つだけ。

サスケは甘いと囁く声。

久しぶりに感じた、背中に伝わる彼女の手の温もり。



感情的になったあの後は、結局何も言わずに紅葉がただこの場から去るのを只管待った。
やがて背中がひんやりと冷えて、
側に感じていた息づかいすらも聞こえなくなった時、やっと冷静になれた自分がいた。


俺がどうするべきで、どうある べきなのか。
彼奴を追ったら、もう紅葉とは一緒にいられない。
彼奴を追ったら、もうナルトやサクラ、カカシとも一緒にはいられない。


「選べるのは一つだけ」

幾度も巡る言葉に眉を寄せる。
まるで洗脳の様だ。

しかし、冷静になってやっと気付けたのだ。
俺は復讐者だということに。
だからこそ、音の誘いを断る気等、湧いてこなかった。


紅葉は今、里にはいない。
本当はどちらか一方を捨てることなど。

だが、今は里に、あの紅葉はいない。

そう、今なら。


今なら、里を抜けられる。

俺の足を止める枷が一つ、今この場に居ないのだ。


全く、なんてタイミングがいいのだろう。
音忍の襲来も、紅葉の里外任務も。
まるで図った様だ。


全て が全て、
俺を復讐者へと導く様な巡り合わせに、渇いた笑い声が鳴った。


「俺は、里を抜ける」

誰もいない場所で呟いた言葉に、冷たい風だけが背中を撫でた。





next