花骨牌 | ナノ

散臭い奴


最初から、胡散臭い奴だとは思ってたんだ。

中忍選抜に託けて木の葉に潜入してから数日後、
理由も曖昧なままにバキ隊長から告げられた伝令に、嫌なものを感じたのは覚えている。


「香坂紅葉に気をつけろ」

もはや敵地ともいえるその場所で、突然真意の見えない忠告が下ったことで、俺もテマリも警戒する以上に、その人物に対する不審に身を引き締めた。


だと言うのに。
事は順調に本戦へと歩を進め、少しばかりの安息に身を委ねている最中に起こった。


何時の間にか、テマリはアイツと仲良くなっていたのだ。
警戒していたはずの、あのテマリがである。
甘味屋で仲良く机を囲み、茶を啜ってはお喋りに興じていた。
それも俺た ち班での話し合いをうっかり忘れる程に熱中して。


一体、どれ程の話術に長けた奴なのか。
テマリに対する呆れと、香坂紅葉に対する不審に、あの時は何時もは良く回るはずの口が全く動かなかった。
バキ隊長の忠告すらも薄れてしまう程の何かがあったとしか思えなかった。

しかし当のテマリに何があったと問うても、ただ喋っていただけだと言うばかりで、彼女の実態を掴みかね、不審ばかりがつのっていった。

せめて俺だけでも、目を光らせておかなければ。
片は警戒を解き、片は眼中にも入れていないのだ。
バキ隊長が忠告するほどの何かが、彼女にはあるはずだ。

そう、警戒していたのだ。





あの時は戦闘による疲弊と、撤退間際という心境でアイツの存在を気に かけることもなく、また気づけすらしなくても無理はない。
そう思いはしても、あのタイミングでやってきた彼女に、言いようのない焦りと不快感を抱いた。

何時か甘味屋で見た、あのゆったりと口角を上げた気味の悪い笑いは何処にも無い。
敵と対峙した時に誰もが向けるであろう敵意、それだけがアイツの表情を彩っていた。
冷たい蝋人形の様に静かな表情の中に、鋭利な敵意だけが淡々と語りかけてくる。


お前らは敵だ。
逃しはしない。

そう告げてくる瞳を見た時、やはり警戒するに足りる人物であったのだと確信し、また後悔した。
そんな苦い対面が最後だった。
出来ることならばもう会いたくないとすら思っていた。

そんなアイツが、よりによって。



「アイツ・・ ・」

目の前で悠然と佇み、穏和な笑みを浮かべた木の葉からの使者をキッと睨みつけた。
穏やかな表情を浮かべるアイツは、俺たちを意にも介していないかのように、ただ一点、チヨバア様に笑みを向けていた。


「木の葉の使者よ、良く来た。日照りの砂漠はさぞ渇いたことだろう。部屋に案内させる故、ゆるりと休まれよ」

厳かな空気の中、チヨバア様の声が響く。
チヨバア様はアイツを一瞥するに止め、また言外に木の葉隠れの忍の軟弱さを揶揄り、この場から去るようにと告げた。
チヨバア様は子息を木の葉の忍に殺されている。
恨みはそうそう消えるものではない。
そう感じさせる程に、棘の含んだ言い回しだった。

しかしこの重々しい空気など気にしていないのか、 アイツが表情を変えることはなかった。


「ありがとう存じます」

淡々と儀礼的に挨拶をすると、早々に扉の向こうへと消えて行った。
あまりに呆気無い退散にホッとし、また、アイツの目的が砂の偵察と我愛羅の観察にあったことを思い出し、舌打ちする。

そうだ、アイツの目的は成る可く長く砂の里に滞在すること。
長ければ長い程、アイツにとっては有利になる。
木の葉の里からたった1人寄越してきた人物なのだ、
きっと情報収集のスキルに長けているに違いない。

つくづく、嫌な野郎だ。



「忌々しい」

誰もが閉ざされた扉を見ていた時、チヨバア様はぼそりと、しかし良く通る声で呟いた。
視線は既に消えたアイツを睨むかのように鋭く剣呑としていて、
まるで今の 砂の里そのものであると、そう感じた。





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