花骨牌 | ナノ

の瞳


鶏鳴の刻。
朝日が顔を出しきらないその時刻、俺と紅葉は「あん」と書かれた扉の前にいた。
言わずもがなグズグズな紅葉を無事任務へと出立させる為である。

「今日は良い天気になりそうですね」

「そうだな。日中の砂漠は日照りが強くて体力を削られる。だから早めに出てけ」

「何ならいっそ夕方まで待ちましょうか」


バシッ
容赦なく背中を叩いてやる。
任務をサボる気等ないくせに、こうして里から出ることだけは酷く嫌がるコイツには丁度良い強さだったことだろう。


「何ガキみてぇなこと言ってんだ」

コイツと任務をこなす事が多い俺は、今じゃコイツのお守みたいなことをしている。
滅多に我が儘を言わない、子供らしくない 子供が初めて里外任務をごねた時は、酷く意外であったと同時に、安心したことを覚えている。
なんだコイツ、まだまだガキで、半人前じゃないかと。


が、しかし。
それが許されたのはもう何年も前の話しだ。
もうすぐ二十になろう大人が、グダグダとしてるとこなんざ見たくもねぇ。
目の前のコイツに向かってこれ見よがしに舌打ちを繰り出せば、ゆるりと笑い返された。



また、これだ。
深いため息が思わず出た。

「はぁ」

「人の顔見てため息ですか」

「お前のせいだ」


コイツはずる賢い。
本当は任務であれば里にも出るし、一度受けた任務をサボりたがる奴じゃない。
それでもこうやって、時たま周囲に我が儘を言っては、未発達で未熟な不出来を演じる。
そ うやって相手が自分に苛立って、取るに足らない存在であると示した後に、決まって緩く笑うのだ。


そりゃ、大抵の人間は騙されるのかもしれない。
だからこそ、紅葉を貶すような噂があるのだから。
意図的に作り上げた噂にコイツが傷つくわけもねぇし、何かしらの理由があるのだろうから、俺からは何もしない。



だけど一つ、どうしても気に食わないことがあった。
俺すらも騙せると思ってるその根性が気にくわねぇ。
何年ツーマンセルを組んでると思ってるんだ、コイツは。

昨夜、任務に赴くことを俺に告げたのは、完全に騙しきれていない俺を落とす為に言ったのか。
こうやって、朝っぱらから下手な芝居を見せる為だったのか。
だから、コイツの緩く笑う顔は好きじゃ なかった。

「おら、いいから行け」

「はーい」

表情を読み取ったのか、思考を読み取られたのか、さっと身を引き門へと視線を向ける紅葉。
先程の戯言が霞んでしまうほどに、瞳はユラユラと光を灯していた。
顔は依然とムカつくぐらい弛んではいるが、その瞳だけは、まるで久しぶりの任務に闘志を燃やしているかのような熱を孕んでいた。

普段の笑みより数倍は好感が持てた。
何時もそんな顔をしていれば良いのに。


「久しぶりの里外任務だからって、はしゃぐんじゃねーぞ」

「はいはい」

ほんとに分かってんのか。
そう視線でジロリと問えば、へらへらと笑い返してきた。


再度陥入りそうになる思考にストップをかけ、手早く紅葉を門外へ急き立てた。
言葉 は酷く行きたく無さそうなのに、コイツの背を押す手から感じる重みが然程無い事に、密かな笑みが零れる。
大概素直じゃない奴だ。


「それでは、ゲンマさん。行ってきます」

「さっさと行け」

手を振り払いながら見送れば、紅葉は苦笑と共に出て行った。
その後ろ姿が朝焼けに絆され溶けていく様に消えて行く様をぼーっと見やる。
それが完全に見えなくなってから、忘れそうになっていた息を深く吐いた。

紅葉が里外任務をする度に、あんな瞳を寄越すなら、その度に見送るのも案外悪くない。
なんて、脳裏に焼きついた酷く楽しそうな瞳の彼女を思い起こす。

中忍になったからには、これからも里外任務は紅葉のところへやってくるのだろう。
そうしたら、彼女はまた、あ の瞳で任務へと赴くのだろうか。

初めて彼女の素を見た気がして、その素を見れたことが存外に嬉しかった自分がいて、
これからも里外任務が彼女の元に多くくればいい、なんてくだらないことを思ったりした。





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