独り
俺は復讐者だ。
そのことを、俺はとんと忘れていた。
ずっと胸の内に掲げているつもりになって、実の所この安穏とした里の空気にやられていたのだ。
それを彼奴が思い出させた。
彼奴に会うまで、気がつかなかった。
「・・・くそっ」
拳をぐっと握り、奥歯を噛み締めた。
あの時紅葉が言っていた言葉の意味も、今なら理解できる。
選択できるのは一つだけ。
掴み取れるのは彼奴への復讐か、それとも。
このままでは駄目だと思った。
このままでは、あの空気に絆されてしまう。
何時迄経っても、
ナルトに、
紅葉に、
彼奴に、
追いつけない。
敵わない。
そんなことがあってたまるか。
彼 奴を殺す のはこの俺だ。
俺が。
「俺が・・・」
「あ、やっぱり家に戻ってたんだね」
ぎりぎりと歯を噛み締める音だけが響いていたその場所に、突如として明るい声が部屋を埋める。
視線を向ければ、呼び鈴も遠慮もなく家を訪れることの出来る間柄である唯一の存在が、呆れたように笑いながら立っていた。
「病院抜け出しちゃ駄目じゃん。綱手様って怒らすと怖いんだよ」
勝手知ったる何とやら。
その辺に脱いだ病院着を拾い上げながら喋る彼奴の幼馴染である紅葉を見つめる。
俺からの視線等気にならないのか、ただ緩く笑って服をたたむ紅葉。
彼女は何時だってそうだった。
家族を、兄を失って呆然とする俺に、ただ笑みを向けていた。
親の温もりに涙した時も、彼奴に 復讐することを誓った日も。
何時だってあの笑みを絶やすことなどなかったのだ。
紅葉は復讐を誓う俺を、決して咎めたりはしなかった。
あんなに仲の良かった幼馴染が、
犯罪者で、里の裏切り者で、しかも俺が殺したい相手だと言うのに、
彼女は全く動じることなく、ただサスケが決めたのならそれでいいのだと言って、笑っていたのをよく覚えている。
あの時はただただ仲間が出来たという、紅葉だけは変わらないでいるのだという事実に安心していた。
けれど、今は。
何を考え、
何を思って、
何を見て笑っているんだ。
彼女の存在が、だんだんと遠くなっていく感覚がした。
彼女が俺をどうしたいのか、復讐のことを本当はどう思っているのか。
思 えば一度も聞いたことがない事実を、今になって思い知らされた。
あの忠告の意味は。
何故あのタイミングで忠告したのか。
燻る猜疑と揺らぐことの無い信頼がごちゃ混ぜになって、酷く気持ちが悪かった。
「また一人で悩んでるね」
「・・・」
「サスケがしたいようにすればいいよ」
「・・・っ」
その酷く曖昧な励ましに、どうしてかイラついた。
ぎりと両の手を握り締め、紅葉を睨む。
黙れ。
あと一歩で出てきてしまいそうな言葉を喉奥で抑え込んだ。
自由にしていいという拘束に縛られて、俺は一体何時から紅葉の言葉を鵜呑みにしてきたのだろう。
彼奴にあって、今のままじゃ到底敵わない現実も、このまま温いお湯に浸かったままでは駄目なのも思い知らされた。
だからもう、
「それでも、覚えておいてね。選べるのは」
「黙れっ」
わかってるから、もう黙れ。
気がつけば体が動いていた。
力任せに押し倒せば紅葉は呆気なく床に沈む。
今にも首を絞める勢いの俺に向かって、紅葉は無抵抗のまま、ただ俺の事をジッと見つめていた。
ビクリと肩が動く。
何時の間にか笑みを消した紅葉の瞳に、動揺した。
違う、俺は別に。
何の言い訳か、何をしようとしての言い訳か。
あの穏やかな笑顔が向けられないことに、酷く焦った。
徐々に腕の力が無くなり、紅葉に跨ったままダラリと腕を下げる。
俺は、
俺は、
「やっぱり、サスケは甘いね」
ずきり。
混乱した頭で、心臓に刺さるナイフの音を聞いた気がした。
ぼやける視界の隅に、もう何十回と聞きなれた言葉を喋る紅葉が映った。
俺 を取り巻く 温く穏やかな里の一部である紅葉。
それを傷付けることの出来ない俺を嘲笑ってるんだ。
だから甘いと。
二つを取ることなど出来ないのに、何方も捨てられずにいる俺を、
コイツは最初から嗤ってたんだ。
今の紅葉を見てやっとわかった。
選択出来るのは一つ。
里を守る木の葉の忍になるのか、彼奴を追い求める復讐者になるのか。
俺はその選択だとばかり思ってた。
けれど違ったんだ。