花骨牌 | ナノ

行き


紅葉が中忍になった。

その一報が知らされるなり、恒例の飲み仲間で集まることになったのは言うまでもない。
勿論、主役を招いての祝いの宴である。


「新しい火影が綱手様になったからね。そろそろじゃないかと、私も思ってたのよ」

開始早々潰れる勢いで飲み始めたアンコ。
饒舌に語る姿から見て、やはり紅葉が中忍になったことが嬉しいのだろう。
何せ頻繁に紅葉を説得していたのも彼女だ。
達成感やら、満足感やら、色々な感情で忙しいに違いない。
だからこそ既に酔い始めてもいるようだった。

「ちょっとアンコ、飲み過ぎよ」

「こんなに嬉しい事があって、飲まずにはいられるかっ」

ガラ悪く紅に絡む姿はまるで ヤクザの様だ。
言っている内容は酷く幼稚だが。


「それにしてもよく決心したね」

眼前で行われるやり取りはこの際無視して、隣で行儀よくジュースをちびちびと飲む紅葉を見やった。
渋ってたわりには随分とあっさりひいちゃうじゃナイの。
彼女の定番メニューである枝豆を餌の如く差し出せば、ぱくぱくと食べ始めてから、あの緩い笑みで笑った。


「流石に綱手様は厳しい方でした」

「やっぱりな。自分から承諾した訳じゃないのか」

「承諾、しましたよ」

「断れないって分かったからでしょ」


紅葉が自分から中忍になるなんて言うとは思わなかったが、やはり、というか案の定。火影様に呼び出され、保身の為に中忍へとなったようであった。
やはりと呆れため息を吐くアス マに、同意の意見しか浮かんでこない。


「それで、中忍になっての初仕事は何なの?」

此方の話を聞いていたのか、呑んだくれの親父の様に紅の肩に腕を回したアンコが、突然話題をふってきた。


確かに。
今まで下忍とは言えど、そこらの下忍と同じレベルの内容をやってきた訳ではなかった。
寧ろ活動範囲が里周辺に限られはするものの、任務内容は中忍のそれとさして変わらない。
やっと任務内容に役所が追いついたといった所の紅葉の任務には少し興味があった。


一体どんな任務を任されたのか。
今までと変わらないのか、それとも。

「久しぶりの遠征任務です」

「へぇ、何処」

年がら年中木の葉に居る認識の紅葉が里を出る。
今まで数度しか無かった里外任 務が、これからは頻繁にあるんだよな。

中忍になったんだし。
紅葉が里からいなくなるという事実に、思いの外感慨深さと同様に空虚なものが襲い、つい前のめりになる。

「砂隠れへ」


「・・・へぇ」




臭うな。

それが行き先を聞いての感想だった。
流石に詳しい内容を聞くことは無かったが、どうやら1人での任務らしい。
ついこの間、侵略してきたばかりの里へ、実力を備えているとは言え、中忍に成り立ての紅葉1人で行かせるなんて。
どう考えても何かある。


「その任務、綱手様が?」

「コハル様からいただいた任務みたいです」

「みたいって?」

「私に任務の命令書を持ってきたのはシカクさんなので」


実際、詳しいことはよく分かりません。
何で もない様に呑気な紅葉を見て、不安を覚える。

明らかにおかしい。
気づけば、飲んでいた他の奴も、アンコですら何やら難しい顔をして口を閉ざしていた。
コハル様が紅葉を訝しんでいることは割と有名な話で、今まで中忍昇格を蹴る度に糾弾していた側の筆頭格でもあった。


そんなコハル様が。
言い換えてしまえば、1番信頼ならない紅葉を、このタイミングで砂に行かせるなんて。
そもそも砂隠れにいた過去があることを理由に、紅葉をスパイだと疑っていたではないか。



これは、ちょっと。



「その任務、大丈夫なの」

何時もの落ち着いた声に少しの翳りを見せた紅が、紅葉を不安そうに見つめる。
話しを聞く限り、既に受けた任務であるからには、結果を残さなければならない。

が、しかし、あまりにも怪しい。
何かあると思うのが自然だ。


「多分」

「多分って、お前ね」

「大丈夫。大丈夫ですよ」


へにゃり。
全く安心のできない笑みを浮かべ、紅葉は力強くそう言った。
何が大丈夫なんだか。
そう言って説教したいのに、彼女のあの笑みを見てしまうと、何故か何も言えなくなってしまう。

能天気に枝豆を食べる紅葉の横顔に、言い知れぬものを感じた。
何時も何も言わずに事を起こして、何 時も知ら ぬうちに解決してしまう紅葉。
こんなにも不安に思う事が場違いかの様に、彼女は俺らの心配する気持ちなんて、全く意に介していない様に映った。


一体、どうしちゃったのさ。
彼女が実の所誰も信用してなくて、そのくせ仲間を守ることに必死なことなんて、とっくに知っていたはずだったのに。
何も伝えてくれない虚しさに、ずきずきと痛む自分がいた。
このままでは、何時か彼女は居なくなってしまうんじゃないか。

漠然と、そう思った。





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