花骨牌 | ナノ


親父に連れられて中忍昇格命令を受け取った午後、俺は10班の連中と焼き肉屋にいた。
薄緑のベストが妙にいづくて、仲間から向けられる言葉が妙に気恥ずかしかった。


昇任とは、こんなにも恥ずかしいものだったのか。
だから、あの人は昇任を嫌がっていたのだろうか。
そんな訳があるはずないのに、そう思ってしまいたくなる程度には、このベストと仲間の態度にムズムズとした。


「おう、お前等も来てたのか」

チョウジとイノによる肉争奪戦が終わりを迎えた頃、アスマ先生が出入り口に視線を向け声をあげた。
先生の隣に腰をおろしていた俺は、その声につられてちらと視線を向ける。

「いえ、俺等は今来たところです」

「お疲れ 様です、アスマさ ん。今日はゲンマさんが奢ってくださるというので」

「誰も肉だとは言わなかったけどな」

そこにいたのは、会うのも随分久しぶりだと感じる彼女と、中忍試験本戦で審判を務めていた男、確かゲンマさん、だったか。
仕事終わりなのか疲れた様子の二人が、店内に入って来た所だった。


「お前等、今日は任務一緒だったのか」

「まぁ、そんな感じっすね」

「適当言わないでください」

俺等が座る席前で立ち止まり、話し込む三人の会話をなに食わぬ顔で聞いていた。
どうやら仕事を手伝ったお礼にゲンマさんに奢って貰うらしい。
久しぶりに会ったが、紅葉さんは変わらずに緩い笑顔を湛えていた。


この人ずっとこんな顔してるよな。
初めて会った時も、その次、

火影様の葬儀の時も。


流石に葬儀中に笑ってたかどうかは知らないが、それでも葬儀終わって直ぐの帰り道で、何時もと変わらない笑顔を浮かべてた。
あの時は親父もそうだったし、忍ってもんはそういうものなんだと、漠然と納得していた。
だからこそ、彼女は周囲から馬鹿にされてもこんなにも飄々としていられるのだと、そう思っていた。



けれど、そんな忍の掟みたいなものとは別のところで彼女は笑っているのではないかと考えはじめたのは、つい最近。

彼女の評価が、二分していることに気付いた時。

中忍になるっていうんで、七面倒臭い書類提出やら、親父に引っ張られて渋々した挨拶回りをこなしていくなかで彼女の名を再び耳にするようになった。

それは案外いいものばかりで、
自由奔放な悪餓鬼が今年も中忍になるのを逃げた。
なんて一見悪口にも聞こえる、彼らなりの彼女への好意を乗せた言葉だった。

てっきり負の言葉ばかりだと思っていたが、話を聞いてみれば案外そうでないものも多い。
なにより彼女の実力は本物だという人間がちゃんといることに気付く。
だからこそ、彼女はそんな些細ともいえる噂話など気にしていなかったのかもしれない。

むしろ俺が初めて聞いたのがそういった話だったというだけで、
それに気を取られすぎていただけなのかもしれないと、そう感じるようになった。
だからこそ、彼女のあの穏やかな笑みは忍だからとかそういうものではなく、
彼女の元来の性格なのだろうと、そう考えるに至ったわけだ。


「ちょっと。なに、シカマル。そんなに見つめちゃって」

変わらずに緩く笑う彼女の横顔を漠然と眺めそんなことを考えていれば、イノが冷やかしたように声をかけてきた。

「っばか、ちげぇーよ」

自身でも気付かないうちに彼女を観察していたことは確かであったために、返しようもないが、決してイノが思っているような感情は交じっていないと言っておかなければ、コイツは絶対暴走するに違いない。
慌てて否定し、声を出せば、その声に反応したのか、噂の彼女が此方を向いた。

「あれ、シカマルくんだ。こんばんは」

「・・・っす」

顎を手で支え間抜けに挨拶する態度は、何処からどう見ても目上に対するものでは無かったが、気にした風もなくニコニコとする紅葉さんを見て、戻りかけた思考がまた開始しようと騒いだ。

「中忍になったんだってね。おめでとう」

「耳が速いな」

「今日の仕事場、火影邸だったので」

変わらない笑顔で祝され、忘れかけてた気恥ずかしさがジワジワと背中を這った。

「ありがとう、ございます」

同期に褒めそやされる感覚とも、アスマ先生や親父に祝われる時とも違う感覚だった。
少しだけ年上 の、友達 でも師でもない人。
かと言って赤の他人でもなく、知り合いと呼ぶにはお互いに知らない事が多すぎて。
ちょっと知ってる人。
そんな表現が合う彼女からのお祝いは、どの祝言よりもずっとむず痒かった。


それがその間柄からなのか、彼女だからなのか。
それは分からないが、商店街のオバちゃんという、ちょっと知ってる人から貰ったお祝いに似ているようで、全く違く感じたのは確かだった。



「今期中忍になったの、シカマルくんと私だけだから。数少ない同期生の同僚同士、改めてよろしく」

時が止まったかの様に、一瞬の静寂が支配した。
なに食わぬ顔でとんでもない発言をカマした紅葉さんは、ユッタリと笑ったまま俺を見ている。
俺からの返答を別段待っている訳で もなく、反応を期待している訳でもない。
定型文の様な決まりごとを言うかの様に、軽く口にしただけのようだった。


あれ、彼女は確か。
急激にフィードバックしてきた記憶から感じた違和感に、一瞬眉を寄せた。

自らの意思で中忍昇格を断り続けているという話を聞いていたが、違ったのだろうか。
そんなことをふと思った。



しかしそんな思考は、今まで大人しくしていたイノとチョウジの大声によりかき消される。
食い入る様に彼女を見つめる二人に同調するかのように自然と俺も視線を向けた。

確かに俺も驚いた。
驚きの展開にビックリする他ない。
まさか本戦に出ていない忍が中忍になるのかと。
まぁ、彼女の実力なら当然なのかもしれないが。

現に アスマ先生は驚きはしても、ある程度予想はしていたのか感慨深さの方が勝っているようであるし、
ゲンマさんも既に知っていたのか、このタイミングで告げた紅葉さんに呆れるだけで、否定的な感情は見えなかった。

驚いているのは、彼女の事を何も知らない俺達だけだった。



「えっと、シカマルくんと同じ班の子かな」

彼女は突然の叫びに全く動じる事なく前のめりになっているイノ達に視線を向けた。
余裕のある態度で対応する姿は、最早完全に年上で、イノが少しだけ幼く見えた。

「あぁ、こいつ等とはまだ会ったことがなかったか。二人とも俺の部下で、山中イノに秋道チョウジだ。よろしくしてやってくれ」

「へぇ。イノイチさんとチョウザさんの」

紅葉さんは軽い感 嘆を漏らし二人を見つめてから、人好きのする笑みを浮かべて挨拶を述べた。
まさか本戦予選の時点で顔を覚えられてるとは露にも思っていないだろう。

「あ、あのぉ。紅葉さんってサスケくんの」

「あぁっ、お前等、何時までも立たせて悪いな。飯食いに来たんだろ、引き止めて悪かったな」

やはりと言うか、彼女が中忍になった驚きよりも、彼女とサスケの間柄を気にしたイノの暴走を、素早くアスマ先生が押さえ込んだ。
イノのサスケ惚気は面倒くさい上に長い。
兎に角長い。
彼女がもし快くサスケの情報を提供しようものなら、この場が一気に辛くて退屈な場所になる事は請け合いだった。
咄嗟の判断で動いたアスマ先生に感謝する。

「そんじゃ、俺等はそろそろ」

「お邪魔しました」

あぁ、と思い出したかの様に動き出した二人。
軽い挨拶を済ませると、さっさと奥に消えて行った。

去る彼女の後ろ姿を見て思う。
結局イノの暴走のせいで聞けなかったが、何故今なのだろうか。

火影が変わったからか。
里が人手不足だからか。
それとも、自分では想像もつかない理由からか。

彼女と出会う前に耳にした噂。
親父やアスマ先生から聞く彼女の評価。
実際に会ってみて分かった、掴み所のない態度の彼女。

彼女の中忍昇格をどう捉えていいのか、全くもって分からなかった。

兎にも角にも彼女の事をよく知らない俺に言える事は、
新しく同僚の間柄になった彼女は、
どうやら酷く稀有で普通ではないらしいという事だった。





next