花骨牌 | ナノ

の命


「香坂紅葉、只今参りました」

やってきたのは随分と愛想の良い女だった。
無駄口は叩かず、かと言って大した緊張も感じさせず、にこりと笑っていた。

事前の情報が無ければ、あの自来也の弟子で、長年中忍昇格を断り続けている問題児だと、誰が思うだろうか。
言い方は悪いが、一見良く飼いならされた雰囲気を纏っているのに、その実中身は全くの別物ときた。

まったく、自来也の弟子はろくなのがいない。



「お前を呼んだ理由はわかるな」

目を据えて見やれば、困ったようにへらりと笑う彼女を視界に収める。
どうやら自覚はあるらしい。

私が里を出ている間に、一体何があったのやら。
里はほとほと甘くなったものだ。
こ んな我が侭をその まま放置 しておくなんて。
思わず目頭を抑え溜め息を吐いた。

「私は里に戻ってきたばかりだ。私の知らない事情とやらもあるかもしれない。念のため、聞いておこうじゃないか」

今、里の力は弱っている。


しかし、それを他里に悟らせない為には通常通りの任務を行う必要がある。
こんな我が侭、無視して昇任させるべきだ。
聞けば彼女には上忍にも劣らない実力があると聞く。

ならば尚更。
それが最前の処置であるし、火影となった今、私が下さなければならない命令であった。


しかし、それを行うに少しの躊躇いがあるのも事実。
彼女の経歴は紙面上でしか知らないし、あの自来也の弟子と言えども、人柄を直ぐに信用することは出来ない。
無条件に周囲の意見を鵜 呑みにも出来ないのが今の現状であった。

彼女は10年近く昇任命令を蹴っている。
それは何故なのか。
そして何故それを三代目は許していたのか。

まったくもってわからない事ばかりだ。
せめて、彼女が昇任を嫌がる理由を知らなければならない。


「五代目が、私の昇任をお望みなのであれば、そう命令してください」

「なに」


「私が昇任しなかったのは、三代目がそれを許していたからです。けれど五代目はそれを許さないでしょう」


肩眉がぴくりと動いた。

断り続けた年数から、そう簡単にいく話ではないと思っていた。
しかし、あまりにもあっさりとした承諾の回答に呆気にとられる。
目の前の彼女は、以前としてその緩い笑みを浮かべたままだった。

「拷問にかけられるのは、流石に嫌ですから」

へらへらと笑う彼女の考えが、まったく分からなかった。
あまりにも、簡単に引いた気がしてならない。
彼女に会う前に、もう少し調べた方が良かったのかもしれない。
そう思わずにはいられなかった。

「それでいいのか」

「何をおっしゃいます」

里の命令は絶対、でしょう。
くすり、蠱惑的な笑みが私を射抜いた。

馬鹿にしているのか、それとも挑発しているのか。
今まで里の命令を退けてきた本人が何故、ここまで簡単に身を翻すのか。
山積みの問題に、また一つ難解なものがやってきたと、深く息を吐く他なかった。




「香坂紅葉、本日をもって中忍に任命する」


選択肢を違えたかもしれない。
恭しく頭を垂れる彼女を前にして、そう思わざるを得なかった。


彼女は一体、何を考えているのか。

知り合ったばかりの私が、わかるべくもなかった。





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