花骨牌 | ナノ


綱手様が戻ってきた。
次の火影は綱手様だと専らの噂だ。

そんな一大ニュースが耳に入って来たのは今朝の事。
どうやら自来也さんとナルト君は無事綱手様を連れ帰る事に成功したらしい。

あの自由奔放な彼女が、次の火影。
今頃は忙しく病人を診ているであろう人物の人となりを思い出し、ふとため息が溢れる。


実際に会ったことは一度もない。
しかし短い期間であったにせよ、私はあの自来也さんに師事していた。
自然と彼女の情報、もといい愚痴を聞くこともあった訳である。
情報の大半が自来也さんである為、どうも偏りがあるとしか思えないが、
彼女が賭け事好きで豪快な性格の持ち主である事は有名な話であった。


よって、しこたま膨らんだ借 金を抱え ているであろう火影の醜聞を防ぐ為、
あるいは木の葉崩しの影響で里の戦力が損なわれているという事実を隠す為、
里の忍達は暫くの間、馬車馬の如く働かされるに違いない。

下っ端も下っ端、底辺の階級である雑用担当の身分に、今回ばかりはため息をつかざるを得なかった。


「おーい紅葉、そっち終わったら次こっちな」

今朝のニュースの後、予想通り回ってきたのは雑務処理係の使いっ走りであった。
町を歩いていた所を、問答無用で連れて来られた為である。
デスクワークが苦手な訳ではないが、一介の忍に、それも下忍にやらせていい仕事かと言えばそうでもない。


一体何を考えているのやら。
先輩からの頼みでなければ絶対に断っていただろう。
減る事のない紙の束を ジッと睨みため息をついた。

「ゲンマさん。これ、私がやっていいんですか」

「あ?知らねーよ」

「ダメですよね、普通」

「綱手様が火影になるってんで、コッチは猫の手も借りたいぐらい忙しいんだ」

手を動かすことは止めずに口だけで文句を言う私と、千本をガチガチと咥え忙しなく視線を動かすゲンマさん。
もうすぐ昼を過ぎるというのに、終わる気配等微塵も感じられない。
間違っても口寄せで猫を出したりはしないが、うっかり呼び寄せてしまいそうな程には、頭が沸いてきている自信があった。

何せここ最近の木の葉は騒がしく、書類整理をする暇も無かったのだから。
もとより体を動かす方が性に合うような脳筋の集まりが多いことも相まって、進んで面倒な書類と 格闘しようという者は誰も現れなかった。
その結果やっても減らない紙の束に辟易とするハメになったのだが。

「そういえば」

「なんですか」

「今年の中忍試験、合格者が1人いるらしいぞ」


「・・・へぇ」

互いに視線を交わらせないまま行われた会話の内容に、少しの興味を覚える。
木の葉崩しや三代目の死、表沙汰にされてはいないが暁の里への侵入。
てっきりこのまま済し崩し状態になるのだと思っていたが、そうでもないらしい。

「奈良シカマル。シカクさんの息子だ」

「彼が」

自ら答えを急く様に告げられた名に、納得する。
あぁ、彼ならあり得るかもしれないと。
本戦の戦い方は、はっきり言ってそこらの中忍より優れていた。
結果が伴わなかったこと だけが残念であるが、確かに。
中忍昇格にたるパフォーマンスだったのではないだろうか。



「あぁ、それと」

本人の居ない中で、彼に対する賛美を並べていたところ、ふと思い出したようにゲンマさんが呟いた。
何と無しにふと手を止め視線を上げれば、いつの間にか手を安め、にやりとした笑みを向ける彼が視界に入った。
彼のこの笑い方は良くないことを企んでいる時と決まっている。
何とかしてその先の言葉を遮らなければ。


そう思ったのも束の間、
抵抗する隙すら与えずに、彼は言葉を発したのであった。



「五代目火影がお呼びだ」



爆弾を落とされた。気がした。

細かい文字と格闘していた視界には、今やしたり顔でほくそ笑むゲンマさんがいる。
きっと間抜け面の私を見て笑っているのだろう。
ゲンマさんって時々意地が悪い時あるよな、なんて思いながらも、思考の大半は先の言葉を噛み砕く事に使った。


内容を理解し、やがてじわじわとやってくる倦怠感。
何の話かはだいたい予想はつく。
予想がつくからこそ、酷く足を向けるのが億劫に感じた。

「ゲンマさん、私を逃がさない為に雑用やらせてましたね」

「こうでもしないと逃げそうだったからな、お前」

「はぁ」

深く溜め息を吐いてから、重くなった腰を持ち上げる。
今回ばかりは、気合いを入れて行かないと駄目かもしれない。

何せもう、火影は三代目では無いのだから。
あのお人好しな人物ではない。


「飯奢ってやるから、気張ってこい」

あまりにも怠そうな表情だったのか、態度だったのか。
重くなった思考を振り払うかの様にゲンマさんの激が飛んだ。
視線は机に向けられ、こちらを見てはいないが、それが彼なりの励ましであった。
そのユルい励ましが一番肩の力が抜ける方法だと知っているのだろうか、軽くなった気持ちに今度は安堵の溜め息を吐く。

「ありがとうございます。焼き肉なんて、久しぶりなので嬉しいです」

「おい、誰も肉食わしてやるなんて言ってねぇぞ」

「行ってきまーす」

扉の向こう側に消えた彼の顔は、きっと仕方が無いとでも言うように苦笑していることだろう。
想像出来てしまう程に、私は彼にお世話になっているのだと、改めて認識した。
帰ってきたら、残りの書類整理も手伝わねば。



これからやって来るであろう嫌な事ではなく、その先のお楽しみに思考を向け、足を進めた。
火影室へ向かう何時もの時より、足取りは大分軽くなっている気がした。





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