花骨牌 | ナノ


つい先日起きた木の葉崩しなど忘れてしまったのかと思う程に、ほのぼのとした空気が漂うお昼時。
俺と紅葉は相談役のホムラ様とコハル様に呼ばれ、対面していた。



「シカクの奴から話は聞いた。先の木の葉崩しの決着に不服があるそうだな」

「はい」

顔色一つ変えずに頷く紅葉を横目に見やる。
普段のへにゃりとした笑みを浮かべたまま、一介の忍が上の決定に物申すことの特異性を理解しているのだろうか。


「捕らえた相手は一尾の人柱力。他里の尾獣を止め置く危険性を分かったうえでの発言か」

「それを言うのなら、砂が木の葉に侵攻して来た事自体が問題では」


ホムラ様の威圧すら物ともせず、反駁する紅葉。

本当に、コイツは難儀な性格をしてやがる。
里に対する異常なまでの執着と、敵を作りかねない真っ直ぐな意思表示は、コイツの武器であり欠点であった。
コイツは頭がいいくせに、そういった所に対して酷く不器用な奴なのだ。


「一度逃した敵を捕らえろとは言いません。ただ、体裁で里が守れるとお思いになっているのではと、少し心配になっただけです」

「おい、紅葉。そのへんにしとけ」

「・・・」

明らかに喧嘩腰の紅葉を嗜め口を閉じさせる。
どちらの言い分も正しい。
改善余地のある難問であることに間違いはないが、大名抜きで行われるこのやり取りに、果たして争い以外の何かがやってくるとも思えなかった。


「・・・紅葉、お主は変わったな」

じっと観察するに留まっていたコハル様がユックリと近づき、紅葉に語りかける。
懐かしむようで、それでいて酷く硬質な声音であった。


「そう、確かあの日の夜は、里外警備を担当しておったかのぉ」

「・・・いつの日のことでしょうか。生憎と里外周辺の警備には良く就ておりますもので」

「いやなに、ちと思い出しただけじゃよ」

「そうですか」

コハル様が急に語り出した内容に、紅葉は其れがどうしたと言わんばかりに淡々と答える。
その表情に迷いや虚言は一切見えず、本当にいつの日のことだか理解していないように思えた。



「私共をお呼びになったのは、思い出話をするためでしょうか」

「おい、紅葉」

何時もの可愛げのある後輩とは思えない程に刺々しい切り返しに驚き、 慌てて仲裁に入る。

「よい、何時ものことじゃ」

しかしコハル様は別段気にした様子はなかった。
それどころか、何かを探るようにじっと紅葉を観察するコハル様にもやもやとした気持ちが宿る。
彼ら相談役が、彼女を砂の内通者だと疑っている話は知っていたし、彼女を擁護していた三代目と揉めていたのも知っている。

しかし、木ノ葉崩しが失敗に終わった今、彼女は砂とは関係ないという裏付けすらとれている。
今、この時においてそこまで彼女を疑うのは何故なのか。

砂との関係でなければ、何を疑っているのか。
何故そんな探るような瞳を紅葉に向けているのだろうか。
それが不思議でならなかった。



「・・・何時も、ですか」

言葉の意図を図る様に口内でゆっくりと吟味する後輩。
紅葉自身にもコハル様との記憶は無いらしかった。

それから分かることは一つ。
彼女が、コハル様たちに監視されているという事実だけだった。


「里の為、誠心誠意お仕えしているつもりなのですがね、これでも」

「左様か。それならば良いのじゃ。もうお主に用はない。さがれ」


紅葉に明らかな牽制を加えたあと、コハル様は、もう興味もないというように手を払う。

「失礼致します」

先ほどまでの勢いなど何処へやら、紅葉は従順にも頭を垂れて退出の命に応じた。
去りゆく紅葉の後ろ姿を、口を閉ざし見つめる。
部屋に誰もいないかの様に、静寂が彼女の姿を見送った。

やがて寒気を覚える位に扉は無機質に締まり、紅葉の姿を隠す。
じっと黙したままの口を、やっとのことで動かせば、自分でも驚く程低い声が室内に響いた。


「紅葉は里の為、良く働いております」

擁護の言葉としては、これが適切だった。
何に対しての擁護か、それは聞くまでも無いのだろう。
この方々は。
浮かんでしまった可能性に燻る自分がいた。
静かに揺らめく火種に、妙に心が落ち着かなくなる。


「お主の目が節穴で無い事を祈るばかりじゃ」

「彼女に限って」

「裏切り者は皆そうじゃ、シカクよ」


この方々は、
香坂紅葉を疑っている。
あらためてそれを痛感し、心臓を鷲掴みされた様な気がした。
アイツに限って、それはない。


強く否定したい気持ちをぐっと堪え、頭を忙しなく働かせる。

どうやらコハル様が懸念しているのは、砂との関係性だけではないことを、今になってようやく理解した。


何だ、

一体何を疑っているんだ。



己の知らないところで、その何かが動いている可能性を匂わされ、不覚にも動揺した。

コハル様がここまで警戒するのだ。
きっと己が思っているよりも事態は深刻なことになりつつあるのだと。
それを突きつけられた気分だった。

彼女に限ってそんな、まさか。
彼女に向けられる疑惑が砂との関係性だけでなくなった今、
そして何に対して疑いをかけられているのか分からないこの現状で、
迂闊に彼女を擁護することはできなかった。

きっとそれは、参謀という役割を担っているからこその、仕方のないそれであると、
いつの間にか擁護する対象をすり替えている俺がいた。





next