嘗ての弟子
久しぶりに再会した紅葉は、昔と変わらない笑みを浮かべておった。
お久しぶりですなんて言って、腹に抱えた一物を全て隠した気になってゆったり笑う。
何一つ変わらない傲慢な幼子そのものだった。
「相変わらずだのぉ、お主は」
呆れを通り越した先に見出した愛嬌に釣られ笑えば、同じように手で頭を掻きながら笑い返してくる。
昔から、本当に何も変わっとらんな。
「里に戻ってらしたんですね」
気づかぬ間に此方の懐に入ってくるゆるゆるとした笑みが印象的な、嘗ての弟子。
その笑みの下に一体何を隠しているのやら。
未だにわしはその一枚の皮を剥がせずにおる。
師弟関係なんて言葉が甘えにしかならないとでも言うように、コイツがわしを頼ってくることなど一切無く、またわしもコイツの心を開く努力をしようとも思わなんだ。
それがコイツの負った傷を癒す唯一の方法だと信じておった。
1人考える時間も必要だと。
ただ少し、ここ最近。
ちぃとばかし風向きが変わってきたのも事実。
コイツの協力が必要になるかもしれないと尋ねてみたはいいものの、さっぱり全く、どうしてよいものか分からずに、切っ掛けを掴み損ねていた。
「今はナルトに修行をつけとる。暇だったら少し構ってやってくれんかの」
「その隙に自来也さんは取材でもするんですか」
「相変わらず手厳しいのぉ」
「親愛の証です」
姉弟関係になるナルトの話しをすれば、久しぶりのスパイスに苦笑が漏れる。
いやはや、何処で育て方を間違えたか。
・・・否、コイツは昔から変わっとらんか。
修行に付き合ってやっていた時でさえ、コイツはわしの事を師匠とは決して呼ばんかった。
それがコイツとわしの距離感なのだと、漠然と思っておった。しかしあの騒がしいナルトに慣れた今、それが酷く物悲しく思えて来たのははたして歳のせいか、無愛想な弟子のせいか。
「次の火影は、一体誰になるのでしょうね」
「わしは御免だぞ」
彼女の元へと行く前、コハル達とした会話を聞かれでもしていたかのような話題選びにげっそりとして遮るように言葉を紡ぐ。不意に話すにしてもそれはないだろうと目の前で笑う彼女を軽くねめつけた。
「ふふ。火影になれる実力が、まるで自分にはあるとでも言うような発言ですね、自来也さん。それとも、誰かさんから火影にと打診でもありましたか」
「・・・」
ゆるゆると笑う彼女。人をおちょくった調子の言い回しを聞いて思い出す。そうだ、こいつはこんなやつだったと。儂がこの里へと戻ってきていたことも、コハルと交わした会話の内容も、全てが全て筒抜けで、こうして嫌がる儂を見て楽しんでいたに違いない。
そうだ、こいつはそうやつだった。
暫く会わないうちに失念していた。こいつのその賢さを求めてやってきたというに、なんたる失敗かと苦い笑いが零れた。
「まぁ、誰が火影になろうと」
「なろうと、なんだ」
「いえ、なんでもないです。それじゃぁ、自来也さん、頑張ってください」
それは何に対してか。
その短い言葉さえ遮るようにあっという間に居なくなった弟子。素早さに磨きがかかった事を褒めてやる気持ちなど到底湧かず、一枚取られた様な、もんもんとした暗雲が立ち込めた。
結局、聞きたいことは聞けず終い。
どうにも彼女との会話はやりにくい。一つ置かれた距離。縮める努力をしてこなかった己が悪いのか。教え子だったなんて言葉を言ってやることすら憚られるその距離が、腰をずしりと重くさせる。
あの時、もっと傍にいてやれば良かったのか。
儂のした行動は、本当に最良の選択だったのか。
弟子との距離を、儂は未だに量れずにいる。