花骨牌 | ナノ

うすぐ雨が降る


どんよりと重たい空気が漂う。
きっと、もうすぐ雨が降るのだろう。


「サスケ、私は先に行ってるから」

砂と音による木の葉崩しがあった翌日。
遠慮も無く部屋へ上がり込んできた幼馴染みは、用件を伝えると直ぐに三代目の葬儀へと向かって行った。
俺はベッドに腰掛け、時計の音が流れる無機質な部屋で1人考える。
幼馴染み、香坂紅葉について。

能ある鷹は爪を隠す。
その言葉が的確過ぎる程に当てはまる彼女は、元来大らかで優しい性格であった。
彼奴の弟として彼女と出会った時から、その優しさの対象は俺にも及んでいる。修行に混ざりたがる俺を遠ざける彼奴と違って、彼女はいつも嬉しそうに笑ってから、俺の体力が尽きるまで修行に付き合ってくれていた 。

彼女は決して俺を子供扱いしなかった。
対等の人間として接し、時に喧嘩した。


そんな彼女が変わったのは何時だったか。
きっとあの時なのだろう。
もっと前から、少しずつ変わっていった気もするけれど、きっとあの時が答え。

彼奴が・・・


凄惨な事件を思い出しぐっと握り拳を作る。
彼奴が、彼奴のせいで。
彼奴の幼馴染みであった彼女は変わってしまった。
俺も、変わってしまった。

培ってきた信頼や情や、環境や性格が、たった一夜で。


復讐を誓った俺をじっと見つめ、彼女は強くあれと諭した。
鋭く尖った爪を磨き、只管その復讐だけを追い求めろ。
決して余所見をするな。
どんなことが起ころうとも、その目標だけを見つめろ。
決して迷ってはいけない。
あの時から、彼女は口癖のようにそれを繰り返す。

彼女の何が変わったのか。
そう聞かれて明確に答えられるものない。

ただ、彼女のほんの一部の闇が、緩やかに広がっていく様な感覚がしたのは覚えている。
心地よい日の中にある様な笑顔が、時折酷く冷たく凍っているのを俺は知っている。

決して優しさを無くしたわけではないのに、その冷たい瞳を見るだけで、今までの幸福が全て崩れ落ちてしまうような。
まるであの夜を思い出させるような瞳が、俺には怖かった。



「・・・時間か」

秒針がいくつ回っただろうか。
ふと時計を見てから、重くなった腰を持ち上げる。歩くスピードが遅いのは、これから葬儀に行くからか、それとも。




葬儀に参列する紅葉の姿を見つけた。
後ろ姿で表情が見えなかった事に、酷く安堵した。





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