花骨牌 | ナノ

事休す


これで死ぬのだと思った。

こんな事なら、俺らしく逃げれば良かったのかもしれない。直ぐにでもやってくるであろう未来を予見し膝が笑う。

中忍試験本戦で頑張っちまったしなぁ。
さっさと棄権しとけば、もう少し作戦練れんだけどよ。
まぁ、相手が女だったしな。
あーあ、今日はついてねぇな。

この不甲斐無い現実を何とか冷静に見極めようと足掻く頭が、言い訳ばかりを始める。

俺なりに頑張った方だ。慣れない戦いの中で、十分に足止めという役目は果たせたと思う位には。

そうして今にも殺されそうな現実を、勝手に美化しやがる脳内を叱咤する体力すら残っておらず、相手のチャクラに圧されて影真似も解ける。
最期を飾り立てようとする思考と、死に怯え震える体。忍の世界を甘く見ていたなんて、冗談にしては笑えない言い訳が、飽きずに頭を掠めた。

震える体を叱咤して、諦める脳を働かせて隠れた敵の居場所を突き止める。もしかしたら、誰かが助けにきてくれるんじゃないか。そんなうっすらと残る希望に縋ってみたはいいが、どうもそれは報われそうにもない。それもそうだ。なんせ今はそこかしこで忍同士が一刻を争って戦っている。こんな木々が生い茂るこの場所を、一体誰が見つけてくれるというのか。

敵からの無慈悲な言葉と迫りくる影。
想像以上の恐怖に、体が動かなかった。




やられる。

そう思った時だった。


「よくやった、シカマル」
背後に大きな影ができる。
聞きなれた声に咄嗟に振り向けば、そこにいたのはアスマ先生と大きな熊。
眼光強く敵を睨むその威圧的な瞳を視界にいれ、びくりと体が反応した。
敵も突然の出来事に一瞬の遅れをとる。

「いくぞ」
其処からは速かった。
アスマ先生の合図と共に茂みから大きな熊が躍り出る。屈強な体に見合わず動きの素早い熊は、たちまち敵に近付くと力強い口をがばりと開けて敵にかみついた。追従するように敵を倒していくアスマ先生。
呆然とする暇もなく、敵はあっという間に潰れていった。

本当に、あっという間。
死ぬかもしれないと考えていた手前、こんなにも早くに安全を得た衝撃で脳は未だに上手くまわらない。

ぼふん。
緊張しきっていた足の力が抜け終には尻餅をついた時、アスマ先生の隣にいた熊が煙を立てて消えた。

「さっきの熊…アスマ先生の」

「いや。あれは紅葉のだ」

彼奴は口寄せのプロフェッショナルだからな。

アスマ先生が呼び寄せた口寄せだろうかと、腰を抜かす俺に近付いてくる先生に尋ねれば、予想外の名前が告げられる。あんなにも大きな熊を彼女が呼び寄せるイメージが、咄嗟に沸かなかった。

自分の事のように自慢するアスマ先生を見て、天才だとか言われていただけの実力はあるらしいと悟る。下忍で呼び寄せなんて凄いことだと理解している。それも、あんなにも強い忍をのしてしまえるほどに屈強な熊を呼び寄せ。

やっぱり、ただの下忍ではないらしい。だんだんと死の恐怖から落ち着きを取り戻してきた脳が思考をしだす。もう一ヶ月ぐらい前になるだろうか、親父との修行中に初めて対面した彼女の姿が頭に浮かんできた。
あの時は噂など気にした様子もなくにこりと笑う彼女が印象的だった。けれども見るべきところはもっと他にあったのではないかと今回の一件で知る。よくよく考えてみれば、気にかかることはいくつもあった。初めて会った時、何時親父の隣にやって来たのか分からなかったではないか。彼女が棄権を宣言した時、傷など一つとして無かったではないかと。

もっと注意深く見ていれば、他にもヒントはあったのかもしれない。今現在が凡人か天才かは知らないが、少なくとも中忍になれないような人間ではないのだろうと、助けられた命で感じ取る。

「紅葉にはナルト達を追ってもらった。お前は一旦ここで、リタイヤだ」
よくやったと言わんばかりに笑みを零すアスマ先生。


ここでリタイヤ。
その言葉に酷い安心感と、疲れが押し寄せる。
そうしてほんの少しまともに思考するようになった頭は、ナルトや彼女のことの心配も忘れて思考を始めた。

彼女が俺よりも桁違いに強いのはこれで理解した。きっと彼女であればあっという間に中忍になれて、息つく暇もなく上忍へと駆け上がれるのだろうなんて想像すらできる。けれども彼女はそれを拒み続け、きっと身に覚えのない落胆と失望を笑顔で受け入れている。勝手に期待したのはそっちだろうと、怒ればいいのではないか。くだらないことばかり吐く連中を黙らせるために中忍になってしまえばいいじゃないか。何故彼女はそうしないのだろう。

己の安全を得た今考えるのは、そんな戦地に向かった彼女に対する心配でも助けてもらった感謝でもない、ただの疑問。野次馬のようなそれを好奇心に任せて暴くつもりは毛頭ないが、脳は何かにつけて彼女の秘密を暴きたがった。


「あぁー、疲れた」

ところ構わずに思考したがる脳に見切りをつけて、うだうだと文句を垂れる。

今起こってる砂との争いも、理解できない思考の暴走も、取り敢えず今は考えんのもめんどくさいと放り投げた。


見上げた雲は流されるままに浮かんでいて、

雲はいいよな、

なんて、またしてもうだうだと違うことを考え始める思考に俺は気付かない。





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