花骨牌 | ナノ

の葉崩し


よく晴れた日だった。
お祭り騒ぎで浮足立つ木の葉の里を影が覆う。


木の葉崩しが始まった。

中忍試験本戦の会場は、正に戦場となっていた。
上層部は砂や大蛇丸の動きを予期し準備していたにも関わらず、今の戦況は決して良いと呼べるものではない。

火影は大蛇丸と結界の中で不自由を強いられ、暴走したと思われる砂の一尾は逃走。事態としては最悪と言わざるを得ない。向かってくる音忍を切り付け、汚くも舌打ちをしてしまう程には納得のいく現状ではなかったのだ。


「紅葉っ、今すぐアスマと一緒にナルトを追え」

会場に溢れる敵を薙ぎ払う中、カカシさんの声が響く。飛ばしたクナイが相手を首を射抜いたのを確認すると同時に視線を移せば、大穴を守るように獲物を構えるアスマさんとカカシさんの姿を視界が捉えた。おそらくはあの大穴の空いた壁の向こうにナルトくんがいるのだろう。

ナルトを追え、ということは援軍に向かえということ。それはつまり、彼は何かを追っている、あるいは戦闘をしているということ。標的は恐らくサスケが追った砂の忍。木の葉を混乱に陥れた、あの人柱力。
返事をするまでもなく大穴の外へと飛び出した。続けて追ってくるアスマさんと短いやり取りをする。備えをしていたにも関わらずこうもやすやすと木の葉が傾いている事実に苛立ちと焦りが募った。

里を守らなければ。

守るべきものに危機が迫っている。

ただひたすらに胸のざわめきは膨れ上がる。芳しくないこの状況を作り出した要因を、直ちに排除しなければ。このままでは里が崩れてしまう。
何よりも恐ろしいそれが現実へと一歩、また一歩と近付いてくる。後ろから聞こえて来るクナイや刀の金属音、大きな破裂音。分かりやすく足音を伴って近づくそれを阻止しなければ。急くように、その音から遠ざかるように地を蹴った。



死にたくない。ただ、それだけ

随分前にした火影様との会話がふと頭を過る。あまりにも見え透いた嘘をよくもまぁ口にしたものだと、過ぎていく風に紛れて鼻で嘲る。有事の際にこうして咄嗟に体が動いてしまう人間が、命が惜しいなど、どの口が言えたのか。
ふと頭に蘇った過去を一蹴りして、そっと思考に蓋をした。今はそんなくだらないことを考えるよりも先に、この事態の収束に努めなければ。




「・・・やはりもっとマークしておくべきだった」

「ん?どうした」

「いえ」

どうでもいい過去を追いやって思い出すのはつい先日甘味屋で相席した金髪の少女。そして彼女を呼びにきた兄弟2人。一番小さい、あの赤毛が。
暗く光も持たぬ彼の瞳を思い出し、なるほど確かに、これぞ人の都合で振り回され虐げられた子供らしいと、妙に納得したことを覚えている。そして、それと同時に彼が警戒に値する危険な存在であるとも違わずに認識していた。

けれど、あの時は安易に動くべきではなかった。何かを仕掛けるという動きはあっても、確証が無かったから。しかし今思うと、あの時に動いていれば良かったのかもしれない。

始末さえしていれば、



ばさっ、ばさっ。

今日は己の言動を悔いてばかりだ。あまりにも甘かった過去の自分に再度舌を打ちそうになった時、羽を羽撃かせやってくる鷹を見つけた。立ち止まり腕を差し出せばそこへめがけて降り立ってくる。先駆けに放った口寄せ獣が、何か掴んだのだろう。逞しいその翼で器用に木々を掻い潜り、どっしりと私の腕に着地した。

「どうだった」
灰を頭から被ったような灰褐色の小さな鷹に状況を訪ねる。こいつの目は頗る良い。日向家の白眼の様に人体に流れるチャクラの流れを読み取ることも、地下に潜伏する敵を見つける事も不可能だけれど、物理的に見えるものであれば、何一つ見落としはしない。地表数ミリを這う虫の動きも、ましては人なんて大きな対象を前にして見逃すことなどあり得なかった。



「敵は9人。うち1人は恐らく補助役。それと、シカマルくんが囮として敵を待ち伏せしているようです」

「…そりゃそうだろうな。シカマルが囮の方が、敵を足止めできる時間も長くなる」

情報を伝え直ぐに還って行った鷹の言葉を、少し先で周囲を警戒していたアスマさんに漏らす事無く伝える。次いで深い深呼吸と共に紡がれた言葉。教え子が囮になっている。その事実に納得しながらも、やはり師としては心配なのだろう。

「急ぐぞ」

焦りを隠すかのように冷たく吐かれた言葉とは反対に、彼の足取りは更に素早さを増していた。





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