忘却した白い過去 9
「いてぇ!」 「痛くないはずです。優しくしましたから……」 「この間よりは、痛くねーけど、主人を殴るってどうだよ。殴るってさ」 「マスターは、言葉にしても直してくれませんから……物理でいこうと――」 「……何で、そうなった!」
大声を上げ、シャンクスに言い寄る。彼女は首を傾げつつ、彼に伝える。 主従の会話を横で聞いていたリゼルは苦笑する。 仲がいいのは知っているが、その内、本当に立場が逆になるんではないか、と考えてしまう。だが、それはないと確信している。 彼女はあんな事をしているが、誰よりもユアを尊敬している。また、ユアもシャンクスを信頼している。 だから、大丈夫だろう。 この光景を見ていると、その考えもあっけなく消えてしまうのだが。
「いつもの雰囲気ねぇ」 「だね」 「シャンクスが主人に見えるよなっ!」
いつの間にか終わったらしいアックスは、フォルテの横でウキウキしていた。後ろにはラ―グがいた。先程の楽しそうな感じは全くなく、無表情に戻っていた。 すると、ここからではない声にフォルテは名前を叫ばれる。 呼ばれた本人と、男三人は声がした方向に目線を持っていくと、薄紫色の髪の少女がこちらへ走って来ていた。
「ジェミス姉!?」
驚いたようで、彼女が自分の前に止まるまで言葉を発しない。 ジェミスは走ってきたせいで、なかなか話せず、肩で息をしていた。
「だ、大丈夫? 走ってくるから……」
心配するフォルテにジェミスは大丈夫だ、と伝えるため微笑む。
「よ、良かった。み、皆さんもいて――」
まだ上手く呼吸が出来ない。一度、話すのを止め、深呼吸してから口を開く。
「オルガさんが、お呼びです。す、すぐに来て、ほしい、と――」 「任務かしらねー?」 「だろうな」 「よっしゃ! 行こうぜ、行こーぜぇ! どんな任務かなぁ。久し振りだし!」
フォルテの袖をグイグイ、と引っ張る。 アックスはエルシャの森の任務から、今まで重要な任務がこなかったのだ。有っても、人の手伝いくらいだ。 行こうとするが、ユアとシャンクスがジェミスに問う。
「ん? 俺様達も?」 「ジェミスさん、私達もですか?」 「お二人は、違うようです。言われたのは、四人なので……」
申し訳なさそうに、首を横に振る。
「そっか。んじゃ、行くとするか。シャン」 「はい、マスター。では、皆さん。また……」 「今度また、ちゃんと決めよーなぁ!」
去る二人に手を振り、見送ったアックス達はジェミスが来た方向へ歩き出す。 彼が言った言葉に彼女は問う。
「何か、話をしていたんですか?」 「うん! ユアとシャンクスと僕達で、出かけるって話! ……そうだ! ジェミスも一緒に行こうよ!」
元気よく答えたアックス。突然の誘いに、ジェミスは困惑した。 アックスに賛同するフォルテは、彼女の肩を叩く。
「いいわね。行きましょーよ、ジェミス姉」 「えっ。いい……の?」 「いいわよー。一人くらい増えたって」 「人、たくさんいた方が楽しいしねー」 「じゃ、じゃあ……行こうかな……」 「本当!? やったー!」
上目遣いのアックスに負けたのか、ジェミスは口元を緩ませた。 子供のように喜ぶアックスは、彼女の手を掴み、上下に振る。
「アックス、喜びすぎだよ。そうそう、話は変わるけど、ジェミスさん。わざわざありがとう」 「いえ、私なんか…」 「なぁに言ってるのよ! ジェミス姉は謙虚すぎ」
ジェミスの左肩をフォルテは軽く叩いた。
「謙虚すぎって……私はその、ただの……フォルテ達の方が大変じゃない」 「そんな謙遜しなくても」 「別に謙遜なんて……私の仕事は、案内等をしたりするだけだから。でも――」 「でも……?」 「心配事は多いわね。大怪我はしてこないかな、とか」
誰も事を言ってるのか、すぐに分かる。彼女が隣の青髪の少女を見たからだ。 それに、隣――フォルテは抗議をする。
「アタシだけじゃないわよ! ラーグだってするじゃない…っ!」 「俺は自分を犠牲にしたりはしないぞ」 「ぎ、犠牲!?」
声が裏返る。彼女は彼の前に立ち、怒りに満ちた表情で詰め寄る。
「ア、アタシが、いつ! どこで! 自分を犠牲にしたって言うのよ!?」 「……何日か前に、イリス大陸の――」 「あ――――! それ以上言うな! 言わないでぇ!!」
悲鳴をあげ、フォルテは彼の台詞を遮った。本人も内容が分かったのだろう。 涙目になっているのを見ると、姉に聞かれたくないようだ。 しかし、聞かれていた。近くにいたから、それはもう、バッチリと。
「や、やっぱり! あの怪我はそうだったのね」
いつの事だか察しがついたようで、ジェミスはプルプルと体を震わせるが、何故か微笑んだ。その笑みに威圧感を感じ、怖い。 フォルテの頬が引きつり、彼女から離れるため、ラ―グの後ろに隠れ、キッと睨みつける。
「バカラ―グ! 何で言うのよ!!」 「貴様が聞くからだろうが」 「う、うぅ……」
否定できない。でも、と口にしたが――
「ふふ。後で、お話しないとね――フォルテ?」
ジェミスの言葉に掻き消された。 話というよりは説教だろう。フォルテは青褪め、掴んでいたラ―グの服を強く握る。彼は迷惑そうにしていたが、口には出さなかった。
「ま、まぁまぁ。オレ達にも、非があるから……怒らないであげて」
落ち着かせるため、そう言う。それは本当の事で―― 困ったように首を傾げられ、ジェミスは諦めたのか、息を吐く。
「リゼルさんが、そう言うなら……で、でも! リゼルさん達も、気をつけて下さい!」
注意され、男三人は互いに顔を見合わせ、苦笑いする。その通りなのだから、言い返せない。
「さ、さぁて、オルガさんからの任務って何かしらねぇ〜」
話題を無理矢理変えたフォルテに、呆れるジェミス。
「いい加減、手を離せ」
掴まれている部分を見て、キツイ口調で言う。怒っているわけではなさそうだ。 無意識にしていたらしく、フォルテは彼の視線を辿り、ハッとした。慌てて彼の服から手を離す。
「ご、ごめん?」
語尾にはてなマークがついており、疑問に思ったが、気にしない事にした。
「じゃあ、ささっとオルガさんの所、行こうか」
五人は早足で向かった。
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