邪となる影 7




魔物も三人も動かずにいると、一人の少女が木から降りて来た。

「出てきたぞ?」

後ろ髪を乱暴に掴み、ロラは悠々と立っていた。手を振り上げ、下ろすと魔物は姿を消した。カザンは、フンっと鼻で笑う。

「いいのか? 魔物を消して。三人も相手をするのか?」
「バカも休み休み言ったらどう? 貴様らが私に勝てると思うか?」

彼女から発される威圧感に、三人は動けない。いや、一名だけは違う意味で動けなくなっている。
カザンとシャンクスが黙っているが、女が出てきて黙ってはいられない人物が一人いた。
その人物――ユアは前に出ると、

「お嬢さん。お名前は何ですか?」

と、訳の分からない事をロラに聞く。
三人はそれぞれ反応をする。

「はぁ?」と、ロラは声を上げ、なんだこいつはという目をする。
「……」カザンは、呆れてものが言えない表情をする。
「マスター…」従者であるシャンクスは、こめかみに手を当て、主人の言動に溜め息をつく。

しかし、三人の反応を気にせず、ユアはもう一度聞く。

「お名前、何と言うんですか?」
「ろ、ロラ……」

あまりにも真剣に聞いてくるので、ロラは動揺し、名前を言う。ハッとした時には、もう遅かった。
ユアは名前を聞けて、嬉しいようで、次から次に言葉を発しまくる。それはもう、うるさいくらいに。

「ロラちゃんか〜。良い名前だね! どこに住んでるの? 好きな物とかある? あ、そうだ。俺様の名前、言ってなかったね。俺様の名前は、ユ――ごふっ!?」

突然、ユアはその場に蹲る。脇腹を抑えているのを見ると、シャンクスに殴られたようだ。そのシャンクスはというと、主に目を向けたまま、何も言わない。何の感情も籠っていない瞳で見つめるだけ。
やっと口を開いたと思えば、

「マスター。喧しいです。少々……いいえ。ずっと、黙っていて下さい。邪魔です。話が進みません」

そんな言葉だった。淡々とユアに浴びせると、ロラに瞳を戻す。
カザンは端から無視していた。

「お前のバカ主人のせいで、何の話をしていたか、忘れた」
「……すみません」
「た、確か。私に勝てるのか、まで言ったような気がするが…」

先程の空気はどこへやら。三人は、気を取り直す。

「……それじゃあ、戻すか。監視するように、俺達を見ていたのはお前だな」

カザンの一言に、緊張したあの空気が戻ってくる。

「誤魔化しても無駄なようだし……そう、つけていたよ――と言えば満足か?」

怒りをこめたカザンの目がロラを睨むが、彼女は目を細め、唇を弧に歪めた。この状況を、楽しんでいるようにしか思えなかった。

「お前の目的は何だ?」
「その質問に答える必要がある?」

飄々とした態度に、カザンの怒りは限界を達す。今にでも飛びかかりそうな彼を止めるかのように、シャンクスは手で制した。

「カザンさん。どうか、冷静に。相手の思うつぼです」
「ふん。まぁ、目的ではないが、一つだけ教えてあげよう。私は、あの方に頼まれて見に来ただけだ。分かるだろう?」
「あの、方……?」
「……分からないのか?」

戸惑っているシャンクスに、ロラは嘲笑った。

「ハハ! 何も、知らないのか。そうか、聞いてないのか。何も、何も知らないで、こんな事に首を突っ込んでいるのか」

吐き捨てるように言い放った言葉に、何も言えない。
そう、一言も。自分達は、知らない。
いや、知っている事もある。しかし、知らな過ぎなのだ。

「そちらの方に、聞いてみればいい。本人は話す気があるのか、分からないが。信用されてないんだな」

それに、シャンクスは言い返す。

「彼女には、聞いてます! 彼女の事。それと――」
「でも、詳しくは知らないんだろう?」

シャンクスは黙る。そうするしかなかった。そう、詳しく聞いてはいない。
聞こうとしてもはぐらかされる。
でも、彼女は信用している、と言ってくれた。
だから――私は――

「……俺様は、知ってる」

沈黙を掻き消す声。三人は視線を彼――ユアに一斉に向ける。
ユアは、ニヤッと嗤っていた。ふらふら、と立ち上がる。

「嘘、だろう?」
「嘘、じゃないよ。何も聞いてないと思った? バカにするのも大概にしろよ。お前こそ、全てを知っているのか?」

ロラは口を噤む。

「知らねぇ癖に、従者をバカにすんじゃねぇ!」

同時にロラに向け、ナイフを投げる。彼女が気付いた時には、ナイフは頬を掠め、後ろの木に刺さる。血が流れる感触を感じるが、体が固まっていた。
ユアが変貌したからだ。さっきのおちゃらけた雰囲気が、一切感じられない。彼の怒りの地雷を、踏んでしまったようだ。

「次は、当ててやるよ。どこがいい?」

ロラは舌打ちすると、姿を消した。
それを見ると、ユアは「あ―」と落ち込んだ声を出した。

「女の子に攻撃しちまった―。反省……」
「やる時は、やる男……なんだな」

感心したように呟くカザンに「いつもだっての」と睨みつける。カザンは臆することない。

「マスター、あの…」

躊躇うように、何かを言おうとするが、途中で口を閉ざしてしまう。
知っているのは本当なのか嘘なのか、分からなかった。ユアは察したようだ。

「あーあれ、嘘。全部知ってる訳ないじゃん」

あっけらかんと嘘をついたと、ユアは笑う。シャンクスは心の中で呆れたが、もう一つ、言わなければならない事があった。
それは、自分の事で怒ってくれたあのお礼。頭の中でグルグルと回り、言葉が何も出ない。分かっているのか、手をヒラヒラさせるユア。そして、少し休ませてくれという合図。なので、黙る。
地面に腰を下ろし、空を見つめる。

「半分、本当で……半分嘘なんだけど、ね」

従者にも内緒にしている事があるが、自分が語る事は出来ないので、知らないと誤魔化した。悪いと思っている。しかし、これは自分が言ってもいい事ではない。
とはいっても、ロラよりは知らないと考える。それは、追々という訳で――
ユアはケガレが無くなっている事を感じ取った。

「向こうも仕事、終えたようで」
「だな…」
「そのようです。皆さん、帰ってきます」

視線の先には、手を振っているアックスと笑顔のミウナを先頭に、こちらに歩いて来ていた。
賑やかい足音をに、三人は各々の表情で彼らを待った。






mokuji



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