この悪は世界に 3
ただ呆然と見ていたアックス達を気にせず、シャンクスは躊躇なく自分の主の体を投げるようにソファに寝かす。
「……完了です」
顔には出てないが、多分満足しているのだろう。感情が"あった"ならばの話だが。
「なぁ、ユアってシャンクスのマスターなんだ…よ、な?」 「今更何を言うのですか。勿論、そうですよ。ただ…」
シャンクスは軽く息を吸い、言葉を放つ。
「少し、この女の人をナンパするのは止めてほしいです。こっちが迷惑なんです。前もそれをやってましたら、女性が何て言うのでしょう? よく分かりませんが、哀れんだような目、で私を見てきまして…そしてナンパを断った後私に、貴女も大変ね、と言ってきました。対してモテもしないのによくやりますよ、マスターは」 「……酷い事さらっと言ってる……」
軽く短い息をこぼすとシャンクスはユアが寝ているソファの反対側ーーラーグの横に静かに座り、冷たくなったカップの中身を啜る。
「…そういえば、」
何か思い出したように、カップを置き、四人を見据えたまま話を切り出す。
「皆さんは、神秘の森はご存じでしょうか?」 「あぁ、勿論知っている。エルシェの森だろう。清らかで汚れなき聖なる森」 「その通りです。今から話すのはその森について、です。アックスさん達はまだついさっき帰ってきたので知らないかと。なので私から話しましょう」
淡々と紡ぐ言葉。シャンクスの表現は変わらないが、しかし、空気が伝え肌が感じる緊張。何が起こったのかは分からない、がきっと大変なことが起こっているのだろう。四人は無言で彼女が話す言葉に耳を傾ける。
少年は野原に寝そべり青空を見ている。青い空、そして流れる白い雲。そして眩しく光る太陽。目を閉じ風の吹く音を聞く。髪が静かに風に合わせて揺れる。
「……」 「あら、カザン。何処に行ってたと思ったらここにいたのですね〜」
カザンは目を開けると少女が一人顔を覗き込むようにしていた。ピンク色の髪が風に舞う。
「ミウナ……」 「いくら暑いからといってここにずっといたら、風邪をひきますよ〜?」 「…………夏なんだからそんな簡単に風邪なんかひかない」 「何を言ってるんですか〜。夏風邪というのがあるんですよ〜。ひいたら治りにくいんですから〜」
カザンはミウナを見る。彼女は笑みを絶やさない。会った時からそうだ。
「……そんなこと、関係ない」
迷惑そうに一言だけそう言うとまた目を閉じる。 隣、失礼しますよ?、と声がしたが返事はしない。ダメと言っても絶対に座ってくるからだ。少しの間、二人はどちらも話すことなく黙っていた。
「カザン、"例の話"は聞いてますね」
沈黙を破ったのはミウナ。 笑みを絶やしたまま問い掛ける。しかし、カザンはそれは真剣な話だと分かった。
「あぁ。あの森のこと?」 「その通りです」
指と指を絡め、胸の前に持っていく。微笑みは、少しだけ哀しげになった。カザンは起き上がりその横顔を睨むように眺める。視線が合う。
「……清らかな、聖なる森。あれが汚れてしまったのならそうなる、な」 「そうですね。カザン……何を失い、何を得るのでしょう?」 「そんなこと知らないし、知りたくもねぇ……俺らもそうだから、な」
立ち上がり、今まで寝転んでいた野原を後にした。ミウナも黙ってついていく。
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