△ ナカロマ 98
遠くから近づいてくる馬の足音が小さく聞こえて、ぼんやりとしていた頭がゆっくりと覚醒しだす。
「…帰って来たか」
リヴァイがそう呟いて、塔の向こう側を見やってから私を見下ろした。
「エマ、捕まってろ。…降りるぞ」
そう言うリヴァイの言葉もちゃんと聞こえてた。
その言葉もしっかり頭では理解してた。
…だけど、なんだか信じられないことが起こってばかりで頭がはっきり働かない。
瞼も思うように開かない。
たったいま眠りから起きたような、熱があるときのような、靄がかかった感覚がまだあった。
息も上がったままで
手にも、体にも力が入らない。
気怠い指を無理やり動かして、リヴァイの胸元にやっと触れる。
「…う、ん」
辛うじてそう返事をした私をリヴァイが覗き込んで、一瞬言葉を失ったようにしてから顔を寄せた。
「…お前、…」
その口が何か言いかけるように開かれたのに、言い淀む。
……?
「な、に…ーー−っ!?」
押さえつけられるようにもう一度唇が重なる。
肩を掴まれてぐっと強くキスをされると、胸が切なく軋んだ。
「…んん……!」
そんな私の耳に、さっきより少し近づいた何頭かの馬の足音が聞こえた。
皆が帰ってくるって、いま、言ったのに…!
「は、ぁ……っ」
少し乱暴に唇が解放されるのと同時にリヴァイは操作装置に手を掛けた。
私を腕に抱いたままアンカーを塔の低い位置に打ち直し、それを巻き取って器用に地面へと降りる。
窓の真下へ降りたのかと思ったけれど
降りながら少し裏側へ回っていたようで、塔の影になっている場所へ着地したようだった。
草が茂った柔らかい地面に到達すると、その腕が緩んで塔を背にして立たされた。
私を塔の壁に凭せ掛けるようにしてから手を離して、そのまま置いて行くようにリヴァイは踵を返す。
…え?
一人で行っちゃうの?
な…なんで?
私も行くんじゃないの?
私は煉瓦の壁に背を預けながら、歩き出す彼の背中を見て思わず両手で壁を押して身を起こした。
「リヴァイ…?」
皆が到着するはずの正面入り口の方に足を向けながら、リヴァイは少し不機嫌そうに私を振り返った。
「……お前はその火照った顔を冷ましてから来い。
そのまま来たら、あいつらの前でさっきと同じことをするからな」
……!
えっ、と一瞬言葉に詰まって、その間にリヴァイはさっさと立ち去って行ってしまった。
残された私は思わず両手で自分の頬に触れた。
でも、手も顔も熱を持ってどちらが熱いのかも分からない。
まだ胸がどくどくとうるさい。
火照った顔って、私一体どんな顔してたの…!
うう、ぜ、ぜったい変な顔してた……
自分では見ることが出来ない顔をリヴァイに見られるのがものすごく恥ずかしかった。
恍惚で気が遠くなるなんて感覚、今まで生きてきた中で経験したことなかった。
それがリヴァイにキスされたくらいでこんなに頭の中まで触れられた気になるなんて。
リヴァイと班の皆が話す声がすぐ近くで聞こえたけど、私のいる場所は丁度影になって見えないようだった。
馬を厩舎に戻す声と物音がして、皆の気配がお城の中へと消えていく。
行き場のない気持ちを抱えた私は、火照った体が大分落ち着いてもまだその場から動くことが出来ずにいた。
最早、どんな顔をして皆の元に行けばいいのか分からない。
リヴァイにも恥ずかしすぎてなんて声を掛ければいいのか見当もつかずにいて、いっそこのまま黙って本部に帰ってしまおうかと考え始めてしまった。