fire flower
※【この話】と同じ設定
8月第2土曜日は毎年盛大な花火大会が開かれている。
この街にとって重要な収入らしく、かなりの人がここを訪れるのだ。
そうなるとどうしても懸念事案に上がってくるのが防犯の問題。
敵襲撃の可能性もあるし、突発的・衝動的事件も起こりうる。
それ以外にも迷子の保護や大会会場への誘導など、やるべきことは沢山ある。
花火大会運営本部より様々なプロヒーロー事務所にこういう業務の依頼がおろされ、我がベストジーニストOFFICEも同様に依頼を受けている。
所長でもあるベストジーニストさんを筆頭に、プロヒーロー15名、事務員3名が所謂『休日出勤』をのすることとなった。
わたしの仕事はほとんど本部待機で、迷子の受け入れやヒーロー同士の連携の為情報通達が主な仕事だった。
約1時間におよぶ打ち上げは問題なく終了し、大きなトラブルもなく。何人かの迷子を保護したぐらいで業務終了。
特に今年は新しい花火を打ち上げたということもあり、例年よりも多く人が訪れたようで。
事前に設置したゴミ箱も足りなかったようで、明日の朝は清掃に来ないといけないなぁとみんなで話していた。
「今日は本当にお疲れ様。明日の清掃は朝6時、事務所に集合してくれ。
また、今日と明日出勤した者は必ず休日出勤の申請を行うように頼む」
「はい!お疲れ様でした!」
ベストジーニストさんから軽く連絡事項を伝えられ、事務所にて終業。
各々ねぎらいの言葉を掛け合いながら、何名かは帰宅し、何名かは食事へ行くといって姿を消した。
わたし以外の事務員は電車の時間があったらしく、終了の挨拶が済むやいなや足早に駅へ向かった。
かくいうわたしは、というと。
今日の活動日報や企業への報告書、そして出勤ヒーロー・事務員の勤務状況記入などの雑務を済ませることに。
もちろん明日以降に持ち越しても問題ないけど、そんなに時間がかかることでもないし。
さくっと終わらせて、それから帰宅するつもり。ヒーローみたく走り回ったりしたわけじゃないけど、疲れていないわけでもないし。
こっそり事務所へ入り、自分の席へ座る。
ライトは…デスクライトがあるからそれだけでいいかな。こんな時のために買っておいてよかった。
手早くパソコンを取り出して立ち上げる。業務中に控えたメモや、他のヒーローが言っていた言葉、迷子管理票などを手早く入力する。
きちんとした書式にするのは次出勤した時でもいいから、今この瞬間でないと忘れてしまいそうな事をとにかく打ち込んでいく。
真っ暗で静かな事務所にわたしのタイピング音だけが響く。
…よし、あと少しで終わる、かな?
「もう終わりそうか?」
突然背後から声をかけられる。本当に突然のことだったから、驚きすぎて声すら上げることができない。
でも、振り向かなくても声だけでわかる。後ろにいるのはわたしの大好きな人。
「つ……、つなぐさん…」
「熱心に取り組んでもらうのはありがたいが、残業代は出さないぞ?」
「ふふふ、わかってます。今日の内容を忘れちゃう前に控えたかっただけなので
……はい、終わりました。勝手なことして本当にすみませんでした」
「ご苦労様」
エンターキーをわざと大きく叩いて、今日の残業は終了。
ベストジーニストさん、いいえ、維さんがそんなわたしを労ってくれる。
その声音はとても優しくて、事務所所長としてじゃなくて、わたしの恋人としての喋り方だった。
「こうして維さんに労ってもらえるなんて、最高の残業代です。
でも勝手に残っちゃってすみませんでした」
「ああ。これからは少し気をつけてもらえると助かるな。
…ところで名。今日はすまなかった…せっかくの花火だったのに」
「いえいえ。維さんと一緒に見れないなら何の意味もないですし。
仕事があったとはいえ、こうして一緒にいられたんだからそれだけでいいんです」
少し恥ずかしかったけど、わたしも気持ちは全部このとおりだから仕方ない。
全体を統括する責任も持つ維さんは本部での立ち回りが多くて、結果的にはずっと一緒にいれたようなものだし。
「そう言ってもらえると、悪い気はしないな。
それじゃあ…こんなものは、必要ないか?」
そう言って維さんが取り出したのは手持ち花火のセット。
口元はいつもの衣装に隠れて見えないけれど、彼は笑っている。だって目を見ればわかるもの。
「このあと時間はあるか?」
とても優しい声でそう尋ねられて、Noと言えるはずなかった。
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手持ち花火に興じるアラサー
2017.08.16