短編集 | ナノ


向かいあう矢印

【この話】の続き
※主人公→ジャック
※世界観的にカタカナ名推奨
※ジャック視点






ある日のレース。俺は今までにないくらい絶好調だった。
マシン操作にもそれは顕著に出ていて、普段は苦戦しそうなヘアピンカーブもスムーズに曲がれたし。
他の奴らの妨害もいつも以上にうまくかわすことができた。

これはもしかしてもしかするんじゃないの?!

そう思いながら、ハンドルを握る両手に思わず力が入る。


結局そのまま俺が逃げ切り、優勝することができた。
久しぶりの優勝を取れたことも嬉しいが、リュウに勝てたことも嬉しい。

「どぉーだリュウ!思い知ったか!!俺だってやるときゃあやるんだよ!」

俺の右側、2位の段に立つリュウに嬉しさのあまりつっかかる。
当の本人は悔しそうな顔をしつつも、それでも俺の優勝を祝ってくれた。
我がライバルながらなんてやつだよ全く。


インタビューが終了するやいなや、沢山の女の子達が俺の周りに集まってくれた。
さぁーすが俺様。愛されてるなー。

可愛い女の子達が代わる代わる現れて俺のことを祝ってくれる。


だけどさすがに何度も同じ言葉を聞いていると、いくら嬉しくてもありがたみがなくなってくる。
そんなことを考えていると、

「ジャックさん!今日は優勝おめでとうございます!」

青と黄色を基調にした鮮やかな花束が俺の眼前に差し出される。
今までもらったことのない、結構ボリュームのあるそれを持っていたのはがちがちに緊張した女の子。

いわゆるナチュラル美人に分類されるタイプの子。正直あんまりこの手の子と話したことはない。
俺の周りに集まるのは肉食系で派手目な子が多かったから、その子は凄く新鮮に感じた。


「ああ!ありがとな!」


この配色はきっと俺をイメージしてくれたんだろう。俺のブロンドヘアーと、アストロ・ロビンの青。

優勝するたび、こうして花をもらったことは何度もある。
同じような配色の花も数回もらったことはあるけど、俺のファンにしては珍しい地味っぽい子から渡されたこともあってか。

なんとなくこの子の顔は記憶に残った。





  ---



あれからしばらくして。久々の休暇を俺様は満喫していた。

…と、言いたいところだったが正直朝から最悪だ。
デートの約束を取り付けていた女の子から急にキャンセルの連絡が。
しかも理由が『彼氏にバレそうだから』なんてなっさけねぇ。

このジャック・レビン様を差し置いて、彼氏だぁ?冗談じゃねえ。

他人(特に高機動小隊のやつら)には絶対バレたくな理由で暇になってしまったものの、
だからといってリュウみたくクラシック・カーをいじる趣味があるわけでもなく。

一人で飲むのもつまんねーし、今からナンパと決め込むのも気分が乗らねぇし、一人でダーツ…もっと情けねぇ。

そうなると行くところはもう一箇所しか残ってない。ファルコンハウスだ。
あそこに行けばきっと暇なリュウかあいつにくっついてるルーシーか。
もしくはクランクにちょっかいをかけていれば時間は潰せる。…よし、きまりだな。


自分の中で答えを出してからは早かった。いつものスタイルに着替えて、愛機へ乗り込む。
何度も通った道を抜けると、やっぱりそこには白いF-ZEROマシン。

俺のライバルであるリュウ・スザクが来店していることは間違いなかった。

おおかた、ここのマスターと話し込んでるんだろう。ミルクたっぷりのコーヒーを飲みながら。
いつも通り、そんなあいつをからかって。マスターの淹れる最高の一杯を楽しむか。よし。


「よぉマスター、リュウいるか?」

いることなんてわかってるけどな、と思いつつ俺は店内へ足を進める。



いつものようにカウンター席に腰をかけ、一人コーヒーを飲むリュウの姿…ではなく
隣にいるのは知らない女の子。
決して派手じゃあないが、笑い方や所作がどことなく上品で落ち着きがあるように見えた。

…いや、知らない子じゃない。俺は彼女を知っている。
そうだ。この間のレースで花束をくれたあの子だ。


上気した頬に、緊張が見え隠れする声音。少し震えながらあの鮮やかな花束を手渡してくれた彼女。


なんだよ…俺じゃなくて、リュウの……。



「どうした、ジャック」



俺の胸中に芽生えた黒い感情になど気づかず、呑気にリュウは片手を挙げて答える。

どうしてここに来たのか、一瞬でなくなってしまった。残ったのは居心地の悪さと不愉快感。


「……」


どう答えたものか、と。いい返事が見つからない。
思わず口をついてでてきたのは、どうしようもない出鱈目な嘘と吐き捨てるようなくだらないセリフ。


「いや、招集がかかったから戻ってこいっていう話だったんだがよ。

 隅に置けねぇな。デェト中に悪かったな」


……カッコ悪ぃ。情けねぇ。

彼女の顔もまともに見ることができず、俺は踵を返してマシンに乗り込む。
後ろからリュウの静止する声が聞こえたけど、冗談じゃねぇ。待つわけねぇだろ。

何処へ行くわけでもなく、ただ無性に走り出したくて。俺はアストロ・ロビンにマグレットを差し込んだ。



 ---


何処へいこうか思いつかず、気がつくと川の近くにある公園でマシンを降りていた。
ぼんやりと水面を眺めていると、俺を追いかけていたらしいリュウの姿が。

「……ルーシーにも確認したけどさ、招集なんてかかってなかったぞ。

 なぁジャック。お前どうしたんだよいきいなり…。」

「……なんでもねえよ」

流石に、心の内をそのまま吐き出すことはできなかった。
リュウの方を見ることができず、顔を背けるのが精一杯だった。


「なんでもないことないだろ。いくらなんでも、さっきの嘘はいただけないぞ。
 一体何にそんなイラついてるんだ。話してくれよ。

 …ひょっとして、さっき店で一緒にいた女の子が関係してる、とか?」


「…ッ!!」



―…なんだよ。リュウのくせに、こういう時だけ本当にいいカンしてやがる。
ルーシーの片思いにすら気づかねぇ鈍感野郎のくせによ。

まさかこいつに指摘されると思いもしなかった俺は、思わずわかりやすい反応をとってしまった。
いつもみたいに茶化してごまかすこともできない。

あからさまに意識するようなリアクションをとってしまったがために、リュウも図星だと気づいたようで。
はぁ、とわざとらしいため息をつきやがった。


「いくらなんでもわかり易すぎだろ、お前…。
 俺でも察せるレベルだなんて、ジャックらしくないじゃないか。

 あの子は、今日偶然店で会ったお客さんだよ。お前のファンだってさ。
 この間のレースに来てたらしくて、お前に花束を渡したんだって。

 ずっとお前のことを話しててさ、マシンコントロールのこととか。お前のアイドル時代の話とか
 誰かさんのせいで途中までしか聞けなかったけど、凄く楽しそうだったぜ」


お前のこと、ずっと応援してたって言ってたぜ。

リュウはそう言って微笑む。さっきまでの、少し呆れた様子は全くなく。
底抜けに爽やかな笑顔を見せやがって。


…そうか、つまり。俺の勘違いだったってわけだ。
嫉妬だ、あれは。


自分の早とちり具合に笑いがこみ上げてくる。
あの子がリュウと並んで話しているだけで嫉妬するなんて、どうかしてる。

彼女のことが気になっている証拠だろう。
そもそもこのジャック様が気になった女の子に何のアプローチもせず、逃げるってなんだよ。



「わりぃ……リュウ。俺らしくなかったな」

「ようやくわかってくれたか、気づくのが遅えよ。
 彼女、びっくりしてたぞ。ちゃんと謝りに行けよ」

「……おぅ」


確かにそうだ。彼女からすれば、いきなり応援してた相手が目の前でどこかに行ったんだ。
驚いただろうし、ショックだったんじゃないか?

まだ店に居るのか…わかんねぇけど、行くっきゃねぇ。


「リュウ
 …店に戻るわ、サンキュ」


「……ジャック、それより。


 今、頑張ったほうがいいぞ」


「はァ?」



リュウの放った言葉の意味が理解できずに、思わず間抜けな声を上げてしまう。
どういう意味だよ、と聞き返す前に背後から声をかけられる。

俺の名前を呼ぶその声には聞き覚えがあった。
ちょうど数日前、俺に対して向けられたもの。


「ジャックさん!!」


反射的に振り返るとそこにいたのはさっきの女の子。
急いで来たのか、肩で息をしながら両頬は赤く染まっている。

なんでここに、と。俺の表情がそう語っていたんだろう。
リュウがからかうような声音で「マスターにこの場所を彼女に伝えたんだ」だと。

なんだよ。リュウのくせに。妙な根回ししやがって。

ありがとな、と短く伝えて俺は彼女のもとへ。


小走りで駆け寄って、頭を下げる。

さっきはすまねぇ、リュウから俺のファンだって聞いたのに嫌な気持ちにさせて。と。


「やだ、やめてくださいジャックさん…!
 こんな一ファンの為に頭を下げるなんて、ダメです、ほんと、ダメですよ。

 …でも、わたしなんかのためにここまでしてくれて、凄く嬉しいです。ありがとうございます…
 これからのレースも頑張ってください。わたし、ずっとずっと応援してます。


 ……それじゃあ、わたし、これで……すみません。失礼します」


彼女は俺の肩を軽く掴んで、上を向くよう促す。
ゆっくり顔をあげると、彼女とばっちり目があった。

にこりと穏やかに微笑んで、俺を掴んでいた手が離れる。




が、思わず彼女の腕を、俺は掴んでいた。

自分でもどうしてなのかわからない。
ただなんとなく、このまま名前もロクにきかないまま彼女と別れるのはダメだと思ったんだ。



「あー……えっと、なんだ……その…。



 …実は今日、非番だったんだよ。
 で、さ。よかったら、このあと。メシでも行かねぇか?」



はじめてナンパした時みてぇな緊張感。
このモテモテレーサー、元アイドルのジャック様が聞いて呆れるぜ。


彼女が答えを出すまでの短い時間が。その時の俺には何十分、何時間にも感じられた。




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2017.07.09

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