短編集 | ナノ


繋がる影

※同い年,別学校
※主人公→常闇 片思い
【きっかけは闇色の】の続き




「すみません!お待たせしました…!」

「あぁ、問題ない…ん、その格好は…」


さっきまでつけていたエプロンがないことに気付いたらしい常闇くんは、不思議そうに指をさす。

「えっと、ちょうどバイトが終わる時間だったので、直接ご案内できないかと店長に掛け合って…
 オッケーをもらったので、ご希望のお店へ案内しますよ!」

不自然に見えませんように…。
本当は常闇くんと少しでも一緒にいたいからワガママを通したなんて絶対に知られたくない。
学校も、(多分)住んでるところも全然ちがくて、接点なんてまったくないんだから。今日のこのチャンスは見逃せないもの。


さぁさぁどうぞ!と少々強引に案内をはじめることに。

彼は何か言いたげに少し目を細めたけど、飲み込んでくれたみたい。
「では、よろしく頼む」と言葉少なく立ち上がった。


「ええと、旅行鞄をお探しでしたよね?デザインの好みとかありますか?
 こういう色がいい、とか。物がいっぱい入るのがいい!とか、人気のモノがいいとか…」

「そうだな…落ち着いたシンプルなものを取り扱う店舗はあるか?」

「わかりました!じゃあですね、んー…2件程思いついたので、近い所から入りませんか?」

「ああ。


 …ところで…貴女の名前を教えてくれないか?」


「………はい?」



思わず足を止める。
いつの間にか前に出ていたらしく、振り返ると数歩分の距離が出来ていた。

わたしの名前を聞かれてる?なんで?
それは思い切り顔に出ていたようで、バツが悪そうに常闇くんは説明する。


「気を悪くさせたなら申し訳ない。その…ここまで丁寧にしてもらって『店員さん』と呼ぶのは失礼ではないかと思ってな…」


申し訳なさそうに瞳を少し下げ、常闇くんは弁明する。

こんな丁寧な男子、学校にはいなかった。クラスの子なんてすぐウェイウェイ言って、名前と携帯番号を聞いてくるようなのばっかりだし。
こんな、筋を通すっていか。礼を尽くすような人、初めて見た。

トクン、と心臓が跳ねるのがわかった。やっぱり、この人は本当にかっこいい。改めてそう感じた。


「全然、失礼なんかじゃないです!むしろ名乗らずにこんな出過ぎた真似をして…すみませんでした。
 わたし、氏名っていいます、高校1年です。えっと、よろしくお願いします!」


なんだか気恥ずかしくて、お辞儀をしてごまかす。
わたし、今、憧れの人に自分の名前を言って、呼んでもらえるかもしれないんだ。
そう思うと一気に顔が赤くなる。熱が集中してくるのが感じ取れた。


「ありがとう。雄英高校1年、常闇踏陰だ。同じ学年なのだから、敬語はやめてもらって構わない」


「はい!あ、えっと………う、うん…とこやみ、くん…」

「ああ、氏」



その瞬間。正直わたしはこのまま死んでしまってもいい。そう思った。



+++   +++   +++   +++


1件目のお店に入り、希望に合いそうな鞄をお互い物色することに。

雄英体育祭以降、思うところがあって、他の店舗の人とも仲良くするように心がけて本当によかった。
お店に入ると、馴染みの店員さんが駆け寄ってきて、シンプルなものをいくつか出してもらえたし。

常闇くんがどれにしようか悩んでいる間、耳元で「カフェの店長からきいたよ。頑張ってね、名ちゃん」と
小声でからかわれたのはとてもとても心臓に悪かったけど。

どうしてそんなことまで回っているのか。だから店に来るまでの間、知っている店員さんが生暖かい視線を向けていたんだ。

あまりにも恥ずかしくて、それでも応援してもらえて嬉しくて。思わず緩みそうな頬を両手で軽く叩いた。


「…氏?どうした?」

「いっ!いえ!!なんでもないです!!それより、決まった?」

「ああ。こちらを貰おう、肌触りも光沢もいい」


手にしていたのは黒みがかったネイビーの鞄。蛍光灯の光を受けた所はまた少し違う色に見えて、とても大人っぽいものだった。


「常闇くんの雰囲気によくあいそうだね。もう1件行かなくても大丈夫?」

「大丈夫だ。それに氏は仕事が終わったばかりで疲れているだろうしな」


早く帰ってゆっくり休んだ方がいいんじゃないか、と少し優しい目を向けてくれる。
その優しさは心の底から嬉しいけれど、わたしとしてはもっと一緒に居たかったわけで…少し複雑な気持ちになった。

レジへ向かい、会計を済ませて。このあとどうしよう、どうすればいいんだろうと。
頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも必死に思考を巡らせていると



「木椰区ショッピングモールに起こしの皆さん!敵が出現したという通報が入りました!!
 既に撤退していますが、これより緊急捜査を行います!恐れ入りますが、近くにいる警官の指示に従い、速やかにここから離れてください!」



突如鳴り響くエマージェンシー。
さっきまで賑やかだったモール内に緊張が走り、混乱が生じるよりも早く警官による避難誘導が始まった。
大勢の人が一気に押し寄せ、大きな流れを生む。

やばい、このままだとはぐれる。そう思った瞬間、ぐいと強い力で引っ張られる。


「氏!大丈夫か!」


「と…とこやみ、くん…」


引かれた勢いそのまま彼の胸元へ。
ぎゅっと肩を抱かれ、出口へと誘導される。

「俺から離れるな!」

「はっ……はいっ」


この目をわたしは知ってる。
雄英体育祭で見せたあの目。どこまでも真剣で、眼前の目標のために必死な瞳。

同い年とは思えない程てきぱきとした避難誘導で、改めてこの人はあの『雄英高校ヒーロー科』の生徒なんだと思い知らされた。





+++   +++   +++   +++




「―そうだったのか…わかった。俺は大丈夫だ」


なんとかショッピングモールから脱出し、併設された駐車場でわたし達は一息ついていた。
常闇くんは一緒に来ていたらしいクラスメイトとお互いの情報を交換しあってる。

…敵が、あの中に出たんだ…。
テレビの向こうの話じゃない、もしかしたら被害にあったかもしれない。
そう考えると思わず体が震えた。運が良かった、ただそれだけなんだ、と。


「(お母さんに連絡いれておこう…)」

しまいっぱなしだったスマホを取り出すと、着信履歴とメールの山。
予想通りお母さんからの電話だった。直ぐにメッセージをタップして折り返す。

数コールした後、わたしが口を開くよりも先にお母さんの大きな声が耳に響く。

『名!!あぁ…大丈夫だった?!テレビでニュース速報が入って、もうびっくりして…』

「うん、大丈夫だよ…!詳しくはわかんないけど、現れただけですぐいなくなったんだって。」

『そう…本当によかった…。そうだ、危ないから迎えに行くよ。木椰のショッピングモールでしょ?』

「え!?迎えはいいよ、大丈夫だよ!!」

『何言ってるの!!!敵が出たっていうのに、一人で帰らせられるわけないでしょうが!!』


あまりの大声に、思わずスマホから耳を遠ざける。
空気を震わせるような母の大声。周囲からの視線が、ただただ痛い。

お母さんの言うことは最もだし、わかるんだけど…

「(だって、まだ常闇くんと一緒にいたいんだもん…)」

問いかけへ返す言葉が思いつかず、思わずちらりと常闇くんを見てしまう。
ちょうど電話が終わったらしい彼がわたしの視線に気づき、ずんずんと近寄ってきた。

そしてわたしにだけ聞こえる声で借りるぞ、と呟いてひょい、とスマホを取り上げた。

あっ!と声を上げるより先に常闇くんは当然のように電話口の母と話し始めた。


「もしもし、突然申し訳ありません。雄英高校ヒーロー科1年、常闇踏陰と申します。
 …はい、ええ。お嬢さんは私が安全なところへお連れしています。はい。
 ――‥勿論です、そのつもりでお電話をかわりました。…はい、了解しました。それでは、失礼いたします」


わたしが遮る隙すら与えず、常闇くんは通話を終了させる。
何?一体何の話をしたの?さっぱり事態が飲み込めないわたしを、表情で読み取ったらしく


「俺が家まで送ろう」


常闇くんはあくまで淡々とそう言い放った。



+++   +++   +++   +++



―どうしてこうなったんだろう。

あのあと、よく考えたらバイト終わりの格好のままだったので、警察の方にお願いをしてスタッフルームへ通してもらい
着替えと荷物をまとめて待ってくれていた常闇くんの元へ。

なんだかその光景が、デートみたいに思えて、緩みそうになる頬を引き締めた。
ダメダメ、常闇くんは親切心で送ってくれるんだから。罰当たりなことはかんがえちゃダメだ…。

それでもやっぱり嬉しくて、ちらちらと隣を歩く彼の横顔を眺めて。心のアルバムにしっかり保存することに。


「常闇くん、その…わざわざ送ってくれてありがとう。
 やっぱりすごいね、避難するときスムーズに出られたもん。一人だったらどうなってたかわかんなかったなぁ」

「避難演習は学校でも取り扱うことはあるからな。怪我がなくてよかった。

 氏には今日世話になった。俺がしてやれることはこんなことぐらいだ」


だから気にするな。と常闇くんは続ける。

その心遣いが嬉しくて、絞り出せた言葉はありがとうの一言だけだった。



「そうだ。今日、本当は他にも買おうと思っていたモノがあるんだ。

 だからもし氏さえよければ、また改めて一緒に見に行ってもらえないか?
 氏が居てくれれば、今日のようにいい物を見つけられそうだ」


「――・・え、えっと…それって……。

 また、わたしと会おうと、そういうこと、です?」


「そうだが?―‥嫌か?」


「そんな!まさか!!!その…う、嬉しくて……。
 わたしなんかでよければ、その、お手伝いするよ?

 ―‥あっ、それじゃあ、携帯!連絡先、交換しない?」


突然の誘いがあまりにも(わたしにとって)現実味がなさすぎて、言葉に詰まってしまう。

なんとか連絡先交換ということまで頭が周り、お互いの液晶画面を睨めっこして登録し合う。


住所録アプリに登録された『常闇踏陰』の名前に思わず笑みがこぼれた。

また、明日から頑張ろう―…。











        「(さっきロック画面に見えたのは…俺なのか?一体なぜ…)」






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きっと座学で電話対応とかもやってるんじゃないですかね…!

2017.05.02


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