短編集 | ナノ


きっかけは闇色の

※同い年,別学校
※主人公→常闇 片思い
※常闇は主人公のことを知りません



中学生になったら、高校生になったら。
今までと違う自分になれるとずっと思っていたけれど、何も行動を起こさないわたしにそんな変化が起こるはずもなく。

新しい自分になりたいのなら、相応の努力をしなきゃいけないのに。そんな当たり前の事を中々受け入れられない。


家から近い高校へ進学し、周りと同じようになんとなくアルバイトを始めた。
ヒーローのことはかっこいいし、尊敬もしているけどわたしの中ではアイドルみたいな存在。手の届かない人。

この間テレビを見ていたお母さんが、恨めしそうに「同じ高校生でどうしてこんなに違いがあるんだか」とぼやいていた。
何に影響されたのやら、と思いつつ画面を見ると雄英の体育祭中継。

そりゃあそうでしょうよ。わたしにはヒーロー向けの個性なんてないし。(これは半分お母さんも悪いと思う)
ちやほやされたい気持ちはあるけど、そのために命かけられるかと言ったら絶対嫌だし。

「雄英に通ってるんだから、そもそも人間としての出来がわたしと違うんだよ。比べないでよね」

「何言ってるの、そんなの関係ないわよ。名?あんたのその性根の話をしてるのよ。
 …ほら、見てごらん。同い年の子達が夢をつかもうと歯を食いしばって頑張ってるのに、何も感じないの?」

「…そんなこと言われても…あ、この人かっこいい」

「はぁ……あんたねぇ……」

あからさまに肩を落としてお母さんは大きな大きなため息を漏らす。
言葉にこそしなかったけど、続いたであろう言葉は褒め言葉じゃないことは流石にわかった。

こうなるとぐちぐちうるさくなるな、と瞬時に判断し「宿題するから」と言い訳を残し自室へ戻った。


ベッドに腰を下ろして、わたしも一息。お母さんのため息がうつっちゃった。
…さっきの中継映像が脳裏から離れない。


「(さっきの続きどうなったんだろ…見てみようかな)」


ポケットからスマホを取り出し、ちらっと見えた騎馬戦がどうなったのか確認する。
かっこいいカラスの人ともじゃもじゃくんが、エンデヴァーの息子と向かい合ってた気がするけど…
思わず目を疑った。小さな画面の向こうで、必死に的確な指示を出すもじゃもじゃくんと、それを受けて猛攻を凌ぎ続けるカラスの人。


こんな必死で、真剣で、鬼気迫る瞳をわたしは見たことがない。

だって学校の男子なんてみんなダラダラしてて、誰がエロいだのどうだのしか言わなくて。
部活やってる子も必死は必死だろうけど、こんな画面越しに影響を与えるなんてことあるのかな。


無言で見入っているうちに騎馬戦は終了し、カラスの人チームは4位に滑り込む結果になった。
解説によると、タイムアップギリギリであのエンデヴァーの息子からハチマキを奪ったみたい。


「……とこやみ、ふみかげ?」


さっきのカラスの人はそういう名前らしい。
忘れちゃわないようにもう一度、小さく繰り返す。

結局そのあともわたしは宿題をすることなく、中継放送をかじりつくように見てしまった。


常闇くん。
ヒーローの卵である彼に憧れと淡い恋心を抱くまでそうそう時間はかからなかった。


+++   +++   +++   +++


「名ちゃん!テラス5番、8番席リセットお願い!」

「はい、わかりました!すぐ行きます!!」


木椰区にある大型ショッピングモール。
この中にある喫茶店がわたしのバイト先。ここに決めたのは「女子高生といえばオシャレなカフェでバイト」という、身も蓋もない動機。

勤め始めはバイト代をもらうためだけに、かなり適当にやっていた。
だけどあの日。テレビで常闇くんを見てから、そんな自分がとても恥ずかしく思えて仕方なくなった。

ずっと頭の片隅でこのままじゃいけないとは思っていた。だけどどうすればいいのかわからないし、
正直今のこの自分でも今後大きな問題なんてないよねとそう思い込んで、目をそらしていた。

高校生になれば。受験生になれば。大学生になれば、社会人になれば、結婚すれば…。

そうすれば自動的にこの怠惰な一面も治るに違いない。そう、無理矢理言い聞かせていた。


だけどそんなことありえないんだって、気づかされた。
人が変われるけれど、それは環境がかわったからじゃなく。自分自身で強くそう願い、行動を起こしたから新しい一面を作ることができたんだって。


夢のために自分のできる全てを出し切ってぶつかり合う。
液晶画面の向こうにいる常闇くんの姿から、ベストを尽くすこと・諦めないことの大切さを学んだの。


バイト中だけどこっそりとスマホを覗いてしまう。
ロック画面には、スクリーンショットで撮ってしまった体育祭での常闇くん。

わたしのお守りのようなもので、画面の中の常闇くんが応援してくれているようなそんな気持ちになった。


よし。充電完了。
夏休み前の休日だからか、いつも以上に混んでいるように思えた。

「(でも終わるまであとちょっとだし、がんばろ)」

終わったらご褒美にお店のケーキでも買って帰ろう。そんなことを考えていると、人混みの中でもよく通るバリトンボイスに呼び止められた。



「失礼…。旅行用鞄を取り扱う店舗について伺いたいのだが」

「はいっ!わたしでよけれ…ばぁっ?!」



振り返って声の主の方へ。そこにいたのは雄英の常闇踏陰くんその人だった。


嘘。なんで?なんでこんなところに常闇くんがいるの?実物の声も凄くかっこいい。
あと思ってたより小柄で華奢なんだ。あ、頭のとこ、毛並み綺麗。私服なのかなセンスいいな。

そんなことが一気に脳内を駆け巡ったけれど、無理矢理意識を引きもどす。
確かにわたしは常闇くんのファンだけど、あくまで仕事中なわけで。
しかも彼はほかでもないわたしに質問をしてくれている。ポカなんてできない。

…ほら、そんなことを考えてる暇なんてない。目の前の常闇くんは(多分)変な顔で固まったわたしを怪訝な表情で見つめている。


「失礼いたしました…。わたしでよければお伺いします、が…少しだけお待ちいただけますか?よければこちらにおかけください!」

ずずい、と今しがた片付けた席をすすめる。確かに休日で人は多いけど、カフェ的に考えればピークタイムは過ぎているし、座って待っていただくくらい大丈夫なハズ!
突然の提案にも関わらず、常闇くんは受け入れてくれ「感謝する」と軽く会釈。

腰をかけてくれるまで見届けて、急いで店内へもどる。
ちらりと時計をみると、わたしの仕事終わりまであと15分。交渉次第かなと思いつつ、厨房の店長に声をかけた。

「リセット終わりました!店長、今すぐ相談があります、聞いてください!
 今、お客様からショッピングモール内について質問を受けました。このまま上がって、直接ご案内したいのですがお願いできませんか!」


あの場ですぐ答えることは勿論できた。だけど、もしもできるなら直接案内したい。
ワガママなのはわかっているけど、こんな機会もう二度とないかもしれないから。

思わず早口になってしまったけれど、必死に頭を下げて懇願する。
店長はしばらく考えた素振りを見せて、「しょうがないなぁ」と折れてくれた。


「前みたいな働き方をしてる時に同じこと言ったら許可なんてしないけど、名ちゃんすっごく頑張ってくれてるからね。
 …ほら、テラスで座ってるあの黒い子でしょ?ロック画面の子!タイムカードはきちんと退勤時間できっておくからまた確認してね。お疲れ様!行っておいで!」


「はいっ!店長、ありがとうございます!!」


さっきよりも深い一礼。
わたしの提案を受け入れてくれたことも嬉しかったけれど、それ以上に今までの働きをきちんと見てくれていたことがとにかく嬉しかった。

スタッフルームへ行き、服装を直す。エプロンを外して、貴重品を持って。服は、しょうがない。


仕事終わりの服装なのは少し恥ずかしいけどそうも言っていられない。
わたしは踵を返し、外で待たせてしまっている常闇くんの元へ急いだ。



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正直体育祭の様子ってプラスの影響を一般人にも与えたと思うんです…。
勿論続きます。明日続き上げますね。

2017.05.01


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