短編集 | ナノ


オレンジの月


※真田視点
※全員中学2年生
※内田→夢主→真田の一方通行片思い
※【この話】の続編、真田ルート




空が茜色に染まる夕暮れ時。
今日の練習も無事終わり、体育館の片付けも終えて。各々が帰り支度をしていると、ふと視界に彼女の姿が入った。

クラスメイトの氏名。

何かとよく俺に突っかかってくる、オカンみたいな子だ。
正直小煩いなぁと思ってはいるものの、アイツのおかげで何度か宿題提出を間に合わせたこともあるわけで。
あまり邪険にするのもどうかなぁというそんな関係。

それにしても何やってるんだアイツ。こんな時間まで残ってるなんて、部活…ではなさそうだ。
うちの学園は全生徒が運動部に所属することを義務付けられているんだから、制服姿なのはおかしい。
よくよく観察するとゴミだしか何かをしていたようだ。律儀に軍手をつけて、積み上げられた紙の束を運び出している。

ほんっと…よくやるよ、アイツ…。と、俺は心の中でぼやく。
細けぇことにも気づいて、すぐに行動する。そのくせ自分のしたことは大声でアピールしない。
よく言えば『縁の下の力持ち』、悪く言えば『なんでもしてくれる便利な女』。賢くはないと思う。
だけどそれでも一生懸命だからだろうか。こうして視界に入ったときふと追いかけてしまうのは。


「あ」


ぼんやり眺めていると、書類を束ねていた紐がほどけてしまったらしく、あたふたしている。
そもそもゴミ出しの作業を一人でしていたらしい。周りにアイツを助けるような奴はいない。

…こうやって眺めている俺以外は。




早く帰って飯を食いたいし、テレビも見たいし。読みたい漫画だってある。
だけど俺の足はまっすぐに氏のもとへ向かっていた。
…まぁ。普段俺のことをだらしないだのなんだの言ってくるし。こういう面もあるんだぜってアピールして、恩を売るのも悪くないと思ったからだ。

近寄る俺の影なんかに気づいてないらしい氏は、声をかけると聞いたことのない素っ頓狂な反応を見せた。


「さ、ささささ、さなだくん…?なんで?」

「俺が声かけちゃ悪ぃのかよ。ホラ、片付けるの手伝ってやるよ」


いきなりのことで驚いたからなのか、俺がこんなことを口走ったからなのか。
氏は目と口をあんぐり。頬は夕日に照らされてオレンジ色に染まっている。

「でも」だの「だって」だの煩かったので、そんな彼女は無視して散らばった書類をまとめる。
風が吹いていなかったのがラッキーで、あまり遠くまで散らばってはいなかった。

そう。こいつを手伝ったのはただの気まぐれで。普段このゆかの貴公子を小馬鹿にしているクラスメイトに恩を売るだけ。

だからささっと片付けて、これからは俺にもっと優しくしろー!と訴えてやるつもりだった。


「ほら。書類はこれで全部か?…って、結構重いな…俺が持つよ。そっちのも」


彼女が持っているであろう分を上に乗せてもらおうと振り返ると、今まで見たことのない。柔らかい笑顔の氏がいた。


「…ありがと、真田くん。すっごく…すっごく嬉しい、手伝ってくれて」




なんだよ。

そんな顔できるのかよ。
今までの小煩い、ガミガミした氏しか知らねーぞ。

それになんだよその優しい声音。普段そんな声ださねーだろ。


…初めて見る彼女の様相に一瞬心臓が大きく跳ねる。キョトンとした顔に気づかれたくなくて、ふいと視線を外す。


「べ…別に大したことねぇよ。さっさと出して、帰ろうぜ」


「うんっ」


顔は見てなかったけど声だけで、嬉しそうなのがわかった。
…コイツは本当にあの氏名なのか?と混乱するほどだった。

不覚にも氏のことを『かわいい』と思ってしまった。
ということは、コイツも普段こうしてたらかなり可愛いってことじゃねーの?

クソ…調子が狂う。なんだよ、心臓の音ってこんなに耳元でなるもんだったか?


俺はごみ捨て場まで彼女の前を歩き、この情けない表情にだけは気づかれないよう細心の注意を払ったのだった。












ゴミを全部出し終わった頃には太陽も沈んでしまい、あたりは薄暗くなっていた。

いつもと違う氏のせいでかなりドギマギしたものの、これでようやく帰れる…ただでさえ部活で疲れているのに、精神的疲労感がすげぇ。

そんな俺の疲れなど知りもしない氏は「真田くんありがとう」だとよ。

恩を売るだとかそんなことを考えていたはずなのに、俺の口から出てきたのは「構わねーよ」という言葉だけだった。
おいおい俺。何のために手伝ったんだよ。我ながら情けねぇ…。

「全部手伝ってくれて、凄く助かったよ。遅くまでありがとう…!

 そうだ…よかったらジュースか何か奢るし、一緒に、帰らない?」

「…え?」

「いや、かな?」


いやいや。いやいやいやいや。
困り眉ですこし甘えるようなトーンで確認するなんて、お前今までしたことないだろ。

普段の、あの母親みてーなあの絡み方はどこにいったんだよ。調子が狂う。
それでも断る理由なんてない俺は、結局彼女の申し出を受けることに。


薄暗くなった帰り道、こいつは本当にいつものあの氏なのかと改めて思わされた。

いつもガミガミ言ってごめんね、だの。まさか真田くんが手伝ってくれるとは思わなかっただの。

そんなことを笑顔を交えながら優しい口調で話しかけてくる。
そうやって会話していると段々変な感じになってきた。

ずっと俺に付きまとう口うるさいクラスメイトとしか見てなかったけど、可愛い一面もあるじゃんとか。

ひょっとしてこれ、俺しか知らない姿なのか?とか。


そんなことを考えてしまうと、だめだった。一気にクラスメイトから女の子に変わってしまう。

…心臓が、うるさいし。ドクドクと早い。


「ここまでで大丈夫。送ってくれてありがとう、真田くん。

 …また、明日。ばいばい」


ふわりと花が開くような笑顔を氏は俺に向けた。



がしっ、と。心臓を鷲掴みされた気分だ。日が暮れていて本当によかった。

じゃないとこの、頬の上気を隠せなかったと思うからな。


しばらく歩き出す気分になれず、徐々に小さくなる氏の背中を俺はぼんやりと眺めていた。


あれ?まさか。

まさかとは思うけど。




―…俺、氏のこと好きになったんじゃないか?








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『片思い成就ルート』『幼馴染ルート』のうち、前者を選択した場合的な。

2017.04.21


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