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退屈な彼女の憂鬱。と、僕。

 僕が初めて見つめた彼女の目は、揺れずにまっすぐ、ただ一点を凝視している。

猫のようにわずかにつり上がった目を持つ彼女は、同じく猫のように居眠りをするのが好きなようだ。
昼休みが終わると、忙しなく動いていた口を閉じて教科書とノートをしっかり広げ、その上に突っ伏して間もなく寝息を立て始める。
授業中の彼女はだいたいいつも寝ているので、先生たちはもう彼女を叱って起こすのを諦めたようだ。
その代わり何度も何度も追試を受けているところを目撃しているし、職員室に呼び出されているところを見たこともある。
別に僕が彼女を付け回していて目撃したわけではなく、そういうわけでもないのに頻繁に職員室にいるところを見るくらい、いつも彼女は呼び出されいてる。

彼女が一人でいるところを、少なくとも学校内では見たことがなかった。
なぜだかいつもニコニコ笑っているし、きゃはきゃははしゃいでいる。
ふんわりと切りそろえられた前髪は、笑うごとに揺れているんだろうけど、残念ながら僕はその様子を見たことがない。
彼女と話したこともないから。
少し離れた席で、わずかな笑い声が聞こえるばかり。
声をかける隙もないくらい、いつも彼女は誰かといる。
男の子と、女の子と。
彼女はいわゆるクラスの人気者で、成績は悪いのに、先生によく呼び出されるのに、先生たちにも気に入られていた。
僕とは本当に、正反対の人だ。

僕はクラスの中ではほとんど目立たない存在で、いわゆるクラス内のカーストでいえば5軍くらいに属しているようなやつだ。
仲の良い友だちはみんな僕みたいに冴えなくて、僕たちしか面白くないようなことを小さな声で、追いやられているように縮こまってしゃべっている。
ダサいやつらの集まりだ。
けど、僕は別にそれでいいと思っていた。
僕たちは僕たちで楽しいし、いわゆる1軍の男女グループが恋愛になりそうでならない微妙な雰囲気を延々と垂れ流しているのを見てはくだらないと思っていた。
だけど、彼女はその1軍の一人で、しかも彼女は数人から明らかに邪な目で見られていた。
校則よりずっと短いスカートや、開けられたボタン、揺れるリボン、まつげにピアス。
ヒラヒラと揺れるものに男は弱い。
猫みたいに。

彼女もあのくだらないグループの1人なんだから、所詮遊びで男をたぶらかしたりするんだろう。
僕らみたいな下位のグループを嘲っているんだろう。
彼らの間で起こった笑い声に、何度ビクついたか。
僕のことを笑っているんじゃないか。
キモいとか、クサいとか、根暗とか、そんな被害妄想が止まらない。
それで、あのグループの男たちは彼女を一生懸命笑わせて、揺れる前髪を眺めたいんだろうな。
必死になっちゃって、くだらない。

とかスカしていたら、見てしまったんだ。
あれは、夕日の綺麗な放課後だった。
赤とんぼが群れる田舎のあぜ道に飽き飽きしていた僕の前方で、彼女は珍しく1人で歩いていた。
どんな時でも誰かと一緒にいる彼女が、夕暮れの中を1人でとぼとぼ歩いているのを初めてみた。
乾燥した砂を巻き上げるように走り去る自転車を一目見て、彼女は小さくため息をついた。
小さかったけど、僕にはたしかに聞こえた。
あの子のため息に、胸が高鳴るのを感じた。
彼女は、ひとりぼっちなのかもしれない。
あるいは僕みたいに、1人が好きなのかも。

それからの日々は、それ以前の日々となにも変わることはなかった。
ただ、僕はなんとなく彼女を気になり始めた。
彼女に僕を認識してもらいたいと思い始めた。
元々目立つ女の子だったし、声も大きいからどこにいるのか探さなくても目に付く子だ。
彼女は頭が悪いらしい。
テストを返却される時、友人たちとよく赤点をクリアしたとかできなかったとか、そんな話を大きな声でしていたから。
理系なのか文系なのかよくわからないけど、どちらでもなさそうだ。
科学準備室にも、社会科準備室にも呼び出されていたし。
全部不得意なのだろう。

かくいう僕は社会科が得意だ。
歴史も地理も、社会情勢も好きだ。
世界の成り行きや成り立ちが好きだから、そういうのを学ぶのは面白い。
社会科だけは学年でいつも首位を獲れているから、彼女も先生じゃなくて、僕に教わればいいのにな。
なんて考えてしまうほど、最近の僕はなんだか彼女が気になるみたいだった。
ああ、彼女はどんな声で笑って、どんな表情で怒るんだろう。
彼女に触れてみたいなあなんて、思うほどには。

その少しつり上がった猫のような目で、僕にも笑いかけてくれないかなあ。
授業中、ノートをとる僕の隣の席で、ふと顔をあげた彼女と目が合うところを想像する。
あの丸い目を細めて、むに、と曲がった口の端をあげる彼女。
そこが世界の片隅になる。
僕と彼女の世界の。

そもそも彼女とは、口をきいたことがない。
席も離れているし、隣になったことなんてない。
彼女は授業中いつも愛想よく眠りこけているから、目が合うこともないだろう。
すべて都合の良い妄想だ。
ただ言えるのは、このクラスには、いやクラス外にも、僕と同じような淡くてグロテスクな妄想を彼女に抱いている男は多いということだ。
彼女は無意識に男を誘惑するような目つきや身振りをするけど、そういう噂が立ったことがない。
不思議なことに、付き合っただ別れただの話にまったく縁がないのだ。
だからこそ、この学校の輩たちはいつまでも淡い期待を断ち切れないでいる。

そして、現在。
僕は彼女と対峙している。
なぜか。
彼女の好きな相手を知ってしまったからだ。
本当は、今日告白するつもりだった。
もう今年度も終わるし、クラス替えがあるから今のうちに玉砕しておこうと思ったのだ。
僕は半ばなげやりになっていた。
どうせ僕が彼女の隣に並べるとは思っていない。
こうして僕は彼女を呼び出した。
1人にならない彼女を呼び出すのは、意外と簡単だった。
彼女は放課後、友人たちと帰るが、分かれ道で手を振った後学校に引き返していた。
あの日、彼女のため息を聞いた日は学校へ引き返す途中だったのだ。

僕は、再び登校してきた彼女を呼び止めて、校舎の影に引っ張った。
彼女は僕のことなんて認識すらしていないと思っていたけど、意外にも

「行永くん、なになに、どうなってんの?」

と抗議した。
彼女に初めて名前を呼ばれた僕はもう爆発寸前だ。
長々と用意していた告白のセリフは全部トんだ。

「なん、なんで名前知ってんの。」

噛んだし、最悪だ。
頭がぐらぐらしている。

「え、同じクラスなんだからフツーじゃない?あと、社会科得意だし。」

彼女の言葉が頭の中でループする。
ああ、彼女は僕をすでに認識してくれている。
しかも、社会科が得意だということも知ってくれている。
もう十分だ。
もう、早く告白して振られて終わりにしよう。

「あっ、」

僕がそう考えていると、彼女はふいにしゃがみ込んだ。
急なことで、足でも怪我してしまったのかと思った。
僕がさっき引っ張ったから、もつれてしまったのだろうか。
しかし、彼女は僕のことなんて見ていなかった。
揺れるかと期待していたその目は、思っていたよりも丸くなくて、微動だにせずただ一点を見つめていた。
それは僕ではなくて、僕の後ろだった。
僕は思わず振り返る。
廊下を歩く人物を捉える。

「え、魚住さん、社会科の佐々木が好きなの?」

僕を見上げる目は、依然動かない。
心底驚いたような顔で、口を開け閉めしている。
その口も、想像していたより、普通だ。

「な、なんで知ってるの!」

そうだ、彼女は頭が悪いんだった。
誰が見ても恋してる顔だったけど、それに誰も気がつかなかったのは、相手が先生だったからか。
それに、よりにもよって同級生でも先輩でも、ましては後輩でもなく、先生だったとは。
そしてさらによりにもよって、僕の得意な社会科の教師。
僕が社会科が得意なことを知っていたのは、僕ではなくて社会科に注目していたからか。
僕は、なんてみじめなんだ。

「見ればわかるよ。ていうか露骨すぎ。」

それなのに僕はいまだに、意地になってカッコつけて、こんなことを言っている。
振られに来たのに、まだ諦めきれていないようだ。

今思えば、彼女はよく社会科準備室に出入りしていた。
科学準備室にもよく呼び出されていたけど、生物の水月と社会科の佐々木はよく話しているところを見ている。
水月から佐々木の情報でも聞き出していたのだろう。
放課後帰り道で学校に引き返すのは1人が好きなわけではなく、単純に佐々木の顔を見るために戻っていただけだ。
もしかしたら一緒に帰るためだったのかも。
あの日聞こえた小さなため息は、きっと佐々木関連でなにかつらいことがあったか。
とにかく、僕が抱いていた彼女の幻想は、一瞬にして崩れ去ってしまった。
猫のように揺れていたのは瞳ではなく、彼女の恋心だけだった。
それと、僕の。
完全に脈がないとわかった今でさえ揺れている僕の心は、止まらない。

「誰にも、言わないでよ!」

と念を押す彼女に、

「内緒にしたいんだ?ふーん。」

とかって余裕そうに返す僕。
動揺を精一杯隠そうとして隠しきれないのは、僕の悪い癖だ。
だけど幸い、彼女は察しが悪く僕の動揺も、気持ちにも気がついていない。

「それ言いたくて呼んだの?」

こんな見当違いなことを聞いてくるが、僕はありがたくその言い訳を使わせてもらうことにした。

「そうだよ。」

そのあとの言葉を考えていなかった僕は、5軍らしく、黙る。
今更ながら、1軍の女の子としゃべったことなんてないし。

「じゃあ手伝ってよ!勉強教えて!社会の教科赤点とればつきっきりで教えてもらえると思ったのに、水月先生が言うにはバカは嫌いらしいんだよね。」

なんて頭の悪そうな作戦なんだろう。
水月の方も、普通に生徒に勉強してほしいからそう言っただけなんじゃ?
あいつ、性格悪いしな。

なんで僕は彼女を好きになってしまったんだろう。
猫のようにわずかにつり上がった目?
ふんわりと切りそろえられた前髪?
それともしなやかに男を誘惑するそのやわらかそうな手に?
そのどれでもなく、すべてに恋してる。
彼女は、魚住さんは、猫じゃなくて、猫の好物だからだ。

僕は情けないことに、潔く振られることもせずに、カッコつけて、偉そうに、スカしながら、少しひっくり返った声で答えた。

「別に、いいけど?」

ああ、この先にはきっと、騒がしい未来が待ち構えているんだろうな。
そしてそれを想像して浮ついた気持ちにもなっている。
なんて浅ましく、都合がいい男なんだと思うけど、そんなのもうなんだっていいさ。

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