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巨人化能力を持つ人間が現れた。
この事態は異例を極め、
相反する感情論が
壁の中で犇めき合うこととなる。

ある者はエレンを破滅に導く悪魔と呼び、
またある者は希望へと導く救世主と呼ぶ。

やはり民衆に
エレンの存在を隠すことは不可能であり、
彼の存在を何れかの形で公表しなければ
巨人とは別の脅威が発生しかねない。
従って通常の法が適用されない
兵法会議により、
エレンの動向を憲兵団、調査兵団、
どちらの兵団に委ねるのかを審議する。

決定権は3つの兵団のトップ
ダリス・ザックレー総統に委ねられた。




「話を進めよう…次にエレン、君に質問がある。
調査兵団への入団を希望しているようだが」




審議所の中央で、鎖に繋がれて
膝をついているエレンを、
証人として呼ばれているアルミンとミカサは
じっと見つめている。

会議は滞りなく進んだ。
まずは憲兵団師団長ナイル・ドークが案を語り
それに続いて
調査兵団団長エルヴィン・スミスが案を語る。
途中、保守派やウォール教のニック司祭が
割り込んできたが、
幸い大きな論争には至っていない。




「君はこれまで通り、兵士として人類に貢献し
巨人の力を行使できるのか?」




「…は、はい…できます!」




緊張しているのだろう、普段より少し固い表情で、
それでも力強く頷いたエレンを見て
アルミンはホッと胸を撫で下ろした。




(よかった…顔色もいいし、
酷いことはされてないみたいだな…)




ろくな食事も与えられず
牢屋にでも入れられていたらどうしようと
心配していたが、あの様子では
どうやら要らぬ心配だったらしい。

エレンの回答に、ほう、と感心したザックレーは
書類に目を通した後
中立の立場として今度は鋭い質問を投げ付ける。




「今回の奪還作戦の報告書にはこう書いてある。
巨人化の直後…ミカサ・アッカーマン目掛けて
3度拳を振り上げたと。
エレンが襲いかかったのは事実か?」



それを聞いた瞬間、エレンの表情が変わった。
みるみるうちにサーッと血の気が引いていき、
エレンは此方に困惑した視線を送ってくる。




(やっぱり…制御できなかった時のことは
覚えていないんだ)



この件について問い質されることは解っていた。
先日エルヴィンにも詳しい話を聞かれたばかりだ。
仲間を無差別で攻撃したという事実は
エレンにとって明らかにマイナスな情報であり
ミカサは一瞬口ごもるが、アルミンは小声で
「誤魔化さずに答えるんだ」と背中を押す。
事実を隠すことは人類のためにならない、と
他でもないエルヴィンが言っていたのだから。




「…はい、事実です…しかし、それ以前に
私とアルミンは二度
巨人化したエレンに命を救われました」



一度目はまさに2人が巨人の手に落ちる寸前。
二度目は榴弾から。
何より、彼はその巨人化能力で
トロスト区の穴を塞いだのだ。




「これらの事実も考慮して頂きたいと思います」




凛とした表情で発言したミカサに
待ったをかけたのはナイルだった。




「それはどうだろう。
君の報告書にもそう書かれていたが…
君の願望的見解が多く見受けられたため、
客観的な資料価値に欠けると判断した」




「……!」




「それにエレンの素性を調べるうちに
6年前の事件の記録が見つかった」




(6年前…?)




6年前と言えば、新しい家族だと言って
エレンがミカサを紹介してくれた時期と重なる。
2人の出会いは特殊だったと聞くが、
アルミンは詳しい話を聞かされていない。
聞かされているのは、
幼くして両親を失ったミカサを
エレンの父親である
グリシャが引き取ったということだけ。
アルミンが首を傾げていると、
ナイルの口から驚くべき事実が聞かされる。




「驚くべきことにこの2人は当時9歳にして
強盗である3人の大人を刺殺している」




「………!」




息を呑むアルミンの隣でミカサが眉を寄せて俯く。
余りにも衝撃的な過去に、審議所の中はざわめく。
その動機内容は正当防衛として
理解できる部分もあるが、
当時9歳ということも踏まえると
根本的な人間性に疑問を感じるという声も上がる。




(そんなことがあったなんて…知らなかった)




横目でミカサの顔色を窺うが、
彼女は視線を逸らしてしまう。
人を殺した経験があると知られて、
アルミンにどう思われるのかが恐いのだろう。

しかし、アルミンは
別のところに憤りを覚えていた。
何で教えてくれなかったんだと。
辛いことも悲しいことも、
全部分け合うって約束したはずなのに。

人を殺したことがあると知られたくなかった?
それを知った僕が2人を責めるとでも?
きっと殺さなきゃ殺されていた場面だったのだから
その件に関しては不問だ。

僕は2人がその苦しみを
共有してくれなかったことに怒っているんだ。




「そうだ…こいつは子供の姿で
こっちに紛れ込んだ巨人に違いない」



「しかし狂暴な本性までは
隠すことが出来なかったんだ!」




憶測で好き勝手話を進める人々の声が煩わしく、
アルミンは眉を吊り上げる。
混乱する席で保守派の男はミカサを指差し、
恐れおののいた表情で叫ぶ。




「あいつもだ!人間かどうか疑わしいぞ!」




「違います!」




心ない一言と差別的な視線から庇うように、
ミカサの前に立ったアルミンは
沸き上がる怒りを抑えることが出来なかった。


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