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撤退の命令は絶対だ。
どんな状況下においても、
速やかに移動を始めなければいけない。




「撤退だ!!」




ジャンに手首を引っ張られたと思えば、
直後に感じたふわりとした浮遊感に
アルミンは軽く目眩を覚える。

アルミンを抱えたまま、
立体機動で地面に降り立ったジャンは、
下で待機していた馬に彼女を乗せ
自身もまた手綱を握り、上官の指示を待つ。

辺りはしんと静まり返っており、
先程まで周りを彷徨いていた巨人の姿は
一体も見当たらない。
あの怖気が走るような咆哮の後、
皆、森の中に入っていったからだ。


この機を逃すわけにはいかない。




「巨大樹の森西方向にて陣形を再展開!!
カラネス区へ帰還する!!」




調査兵団の幹部クラスである
ナナバの声が辺りに轟き、
やっと帰れると安堵の溜め息を吐いたジャンは、
未だ不安げな眼差しで森の中を見つめている
アルミンに、優しく声を掛ける。




「大丈夫だよ。西側で兵長たちも合流するだろ」




「………」





ーーー…でも、もし、現れなかったら?
その時は此処に置いて帰るのか?

不安は不安を呼び、
アルミンの表情はいつまでも曇ったままだ。

恋人の存在は、常に命懸けで戦い続ける兵士の心に
安らぎを与えてくれるが、
時としてそれは弱みとなり
兵士を苦しめる諸刃の剣である。

現にアルミンも、リヴァイと心を通わせた瞬間から
死にたくない、ずっと生きていたいと
思うようになってしまい、
以前のように、兵士として死ぬのは本望、と
声高々に言う勇気はない。



指示に従い西を目指しながらも、
何度も後ろを振り返るアルミンを見て、
ジャンはこれ以上何と言ったらいいのか
分からずに下を向いた。







◆◇◆◇◆◇







巨大樹の森西側に集まった兵士の数は
今朝の半数にも満たない。
巨人の攻撃を受けた手負いの兵士も多数目につく。

陣形を再展開するのはいいが、
この状態で無事に壁の中に帰れるのかどうかは
微妙なところだ。




「よかった!アルミンもジャンも、
無事だったんですね!」



「あぁ…何で生きてんのかわかんねぇ…」




「お前らそんなにヤバい目に遭ったのか!?」




数時間ぶりの再会を喜ぶサシャやコニーの側で
アルミンは1人会話に混ざらず、
キョロキョロと必死に辺りを見渡している。

エルヴィンやハンジの姿はすぐに確認できたが、
肝心のエレンやミカサ、リヴァイの姿がなく、
アルミンの目は忙しなく動いていた。


ミカサの班のメンバーは何人か見つけたが、
肝心のミカサの姿はない。
リヴァイ班に至っては、一人も見当たらない。




(どうして…?)




アルミンにとって、誰よりも大切な3人がいない。



脳裏に浮かぶのは最悪の結末ばかりで、
知らず知らすのうちにその表情は
泣き顔へと変わっていく。

様子がおかしいアルミンに気付き、
サシャはオロオロとしながらも
彼女に寄り添い、背中をさすってやる。




「そう心配しなくても大丈夫ですって!
エレンもミカサも、もうそろそろ来ますから!
信じて待ちましょう、ね?」




「…っ、うん……」




「それにしてもお腹空きましたねー、
誰かクラッカー持ってませんか!?」




「持ってたとしてもやらねーっつーの!」




サシャが場を和ませようと空腹を訴えると
空かさずコニーが突っ込みを入れる。
この2人は訓練兵時代から仲が良い。
付き合っちゃえばいいだろ、と
度々冷やかされていたが
2人は性別を超えた親友らしい。

穏やかな日常の光景を目にして
肩の力が抜けたアルミンが僅かに微笑んだ時、
巨大樹の森から物凄い速さで
馬が2頭飛び出してきた。




「「!!」」





疾風の如く駆け抜ける、その一頭にはリヴァイが。
もう一頭には、
前にエレンを抱えたミカサが乗っている。

エレンは意識がないのか、
だらんと腕を投げ出していて、
息も絶え絶えといった様子だ。

突然現れた待ち人の姿を見て
アルミンは呼吸を忘れた。




一瞬、前を通り過ぎるリヴァイと目が合った。
彼は一度アルミンを見て目を細めたが、
すぐに目を逸らし、
先頭にいるエルヴィンの方へ向かっていく。
報告しなければならないことがあるのだろう。





ーーー…リヴァイが生きていた。
それを知っただけで、
アルミンは普段の冷静さを取り戻す

直ぐ様エレンを荷馬車に運ぼうとしている
ミカサに近寄り、手を貸してやる。




「ミカサ、無事で何より!エレンの容態は!?」




「…アルミン…!エレンは無事…!
女型の口の中に入れられたけど…」




ミカサが言うように、
エレンの衣服にはべったりとした
唾液が付着している。
口に含んだのに飲み込まなかったということは、
どうやら敵は
エレンを殺すのが目的ではないらしい。

死んだように眠っているが
エレンの脈は安定しており
命に別状は無いようだ。安心した。




「ミカサはエレンの傍についててあげて」




「わかった」




片時も目を離さない、と
強く頷くミカサに笑いかけ、
アルミンは隊列に戻る。



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