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女型の巨人がアルミンに気をとられている隙に
その背後に回り込んだのはライナーだった。
果敢にも彼は、うなじを直接狙うらしい。
104期ではミカサが強烈で忘れていたが、
ライナーもずば抜けて優秀で
頼りになる兵士だ。




(いける…!!今ならーーー)




女型を討伐出来る。
新兵3人だけで女型の巨人を討伐したとなると、
スピード昇格は間違いない。
もしかしたら一気に分隊長クラスに
上り詰めるかも、なんて
ジャンは夢のようなことを考えた。



しかし、現実はそう甘くはなかった。



女型は背後から向かってくるライナーを
片手で簡単に捕らえてしまう。




「あっ……」





それまで何か取り憑かれたかのように
叫び続けていたアルミンが、
女型の掌の中で握り潰されようとしている
ライナーを見た瞬間、
息を呑んでその場に膝をつく。




「お……オイ!?」




直後、握られた拳の中から血飛沫が舞う。



それが誰の血なのか、考えるまでもない。





「「…………!!」」





アルミンとジャンは身動き一つ取れず、
声を上げることも出来ない。
吊るされた操り人形のように
魂のない抜け殻となって、
血が滴り落ちる女型の巨人の右手を凝視した。

同期で誰よりも頼りになる、
皆の兄貴分であるライナーが死んだ…?
俄には信じられず、
放心している2人を突き動かしたのは、
握られた拳の中から血まみれで飛び出してきた
ライナーであった。



「え!?」




「ライナー!!お前…!!」




ブレードで女型の手を切り裂きながら
飛び出してきたライナーは、
アンカーを女型の背中に刺し地面に降り立つ。

生きていた。
所々怪我はしているようだが、
致命傷は免れたようだ。




「もう時間稼ぎは十分だろう!?
急いでこいつから離れるぞ!!」




早口でそう言い、ライナーは馬に跨がる。
女型が普通の巨人のように人食いでなければ、
後を追っては来ないはず。




「アルミン!!急げ!!」




先程女型に払い除けられたアルミンの馬も、
指笛で近くに戻ってきた。
ジャンは、未だ呆然としているアルミンを
抱き上げて馬に乗せる。

彼女が手綱を握ったのを見て、
自らもすぐに鞍に跨がった。
流石に今回ばかりは死を覚悟したが、
どうやら九死に一生を得たらしい。




斬りつけられた右手をじっと見つめたまま
暫くその場から動かなかった女型の巨人は、
3人が離れた後に立ち上がり、再び走り出した。


その姿をじっと眺めていたアルミンは、
彼女が向かった方角を見て無言で眉を寄せる。



ーーーおかしい、と思った。




(そんな……、あっちは中央後方…。
エレンがいる方向だ…!)





死に急ぎ野郎は右翼側で死んだ、と
ちゃんと女型の巨人に聞こえるように叫んだのに。




「見ろ!デカ女の野郎め…
ビビっちまってお帰りになるご様子だ!!」




歓喜の声を上げるライナーをよそに、
突然"正解"に進路を変えて走り出した
女型の巨人の背を見つめ、
アルミンは口を開けて思考を巡らせる。


彼女の脳内では
嫌な予感ばかりが黒く渦巻いていた。








◆◇◆◇◆◇






幸いなことに額の傷はそこまで深くなく、
止血をすれば大事には至らなそうだ。
消毒液が少し滲みるが、
手当てをするジャンの手付きは
医療班の誰よりも丁寧だった。




「よし、大丈夫そうだな」




ホッとした様子で笑うジャンの顔を
アルミンは真正面からまじまじと見つめる。
死に急ぎ野郎、というのは
ジャンがエレンにつけた徒名だ。
同期でしか知り得ない徒名。
女型の巨人は、それに反応を示した。




「ほ…包帯巻くぞ」




至近距離で見つめられて照れたのか、
ジャンは頬をポリポリと掻き
彼女の後ろに回る。
柔らかな髪をかきあげて、
小さな頭に包帯を巻いていく。
彼女の髪からはふんわりとした甘い香りがして
ジャンの鼓動は高鳴る。





(…ダメだ、アルミンには恋人が出来たんだから…)





本人からもはっきりとそう告げられた。
最後の調整日に何をして過ごしたのか
遠回しに探ると、
恋人と過ごした、と彼女は
それはそれは幸せそうに答えたのだ。
3年も恋心を燻らせていたジャンは
がっくりと肩を落とすも、中々諦めきれずにいた。
積年の想いを、そう簡単には手放せない。





「…さっき、随分取り乱してたけど
大丈夫だったか…?」




「…うん。まだちょっとボーッとするけど…」





ジャンの声に上の空で答えるアルミンは、
自分のことを二度も見逃した女型の巨人のことを
思い返していた。

あの目差しに既視感を覚える。
それは、アルミンがよく知っている
誰かにとても似ていた。

その誰かの予測はもうついている。

しかし、信じたくはなかった。

アルミンの親しい友人であるあの子が、
ネスやシス、そして
調査兵団の兵士達の命を次々に奪ったことを。




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