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彼の演説が耳に入り、
夕飯時で賑やかだった食堂は
お通夜のような雰囲気になってしまった。
その暗く淀んだ空気を感じて
ジャンはばつが悪そうに舌打ちをする。

向かいに立つエレンも、
腕を組んだまま何も言わない。
口は真一文字に結ばれ、
目だけがギラギラと輝いている。
相変わらず感情をそのままに映す煩い瞳だ。


何とか言えよ、と
沈黙に耐えきれなくなったジャンは
八つ当たりのように
エレンの肩を押そうと思ったが、
先に声を上げたのは
それまで傍観に徹していたアルミンだった。




「調査兵団に志願するのは僕の意思だよ」




エレンについていくわけじゃない、と
アルミンははっきりと言い切った。

命の恩人であるエレンに
深い愛情を抱いているミカサは
エレンの影響かもしれないが、
アルミンは違う。




「僕はこの狭い壁内の世界を出たら…
外の世界を探検するんだ」




この世界には禁書とされている本がある。
それは壁の外の世界について記された書物。
幼い頃、祖父が隠し持っていた禁書を
偶然にも見つけてしまったアルミンは、
そこに記されていた内容に心を奪われた。

炎の水、氷の大地、砂の雪原。
果てしなく広がる海。
壁の外に本当にそんな景色が広がっているのか、
自分の目で見て確かめたい。


いつしかそれが少女の夢となった。



朗々と巨人の恐怖を語ってみせたジャンとは違い、
力強ささえ感じる溌剌とした声で
アルミンは夢を語る。
過酷な訓練の最中でも、
アルミンはいつだって夢を見ている。

壁の外の世界を旅する…その夢のために
調査兵団に入団して巨人を倒す。
決して恐怖を感じないわけではない。
誰だって死ぬのは恐い。
アルミンだって死への恐怖心を抱く一人だ。
それでも、恐怖に立ち向かう勇気が彼女にはある。




「アルミン…お前…」




呆然としているジャンの向かいで、
エレンは声を震わせて微笑む。


海の話をしてくれた、あの日と同じ表情で
アルミンは笑った。




「早くしないとスープが冷める。行こう」



いつの間にか近くに居たミカサが、
近くのテーブルの上に乗せていたトレーを持ち、
二人を促す。

その声により、止まっていた時間が動き出した。

ざわざわと徐々に賑やかさが戻ってくる食堂の中
離れていく三人の背中を見つめ
ジャンは金縛りにあったかのように
その場から一歩も動けずに居た。







▽◆◇◆◇◆◇







頬にかかる髪を耳にかけ、
お上品にスープを啜るアルミンを、
エレンは頬杖をついて
ぼんやりと眺めている。

貴族の令嬢のような出で立ちの彼女は
自分と同じく今年訓練兵団を卒業した。

華奢で細い身体なのに、
厳しい訓練によく耐え抜いたと
拍手を送りたいくらい、
アルミンの卒業は奇跡的なものだった。

聡明な彼女は
座学の成績がトップだったこともあり、
教官からもしばしば技術班へ進むように
促されていたが、
アルミンはこれを拒否。

全くもって頑固なヤツだ、と
エレンは苦笑する。




「?なに笑ってるの?」



突然吹き出したエレンを不思議に思ったアルミンが
大きな目を向けて尋ねてくる。
隣に座るミカサも怪訝な顔をして
エレンの顔を覗き込んだ。




「いや…やっぱりアルミンは強ぇな、と思って」




「突然どうしたのさ。あぁ、さっきのこと?」




ジャンとのやり取りのことか、と思ったが
どうやら違ったようで
エレンは首を左右に振った。




「いや。これまでのこと、だ」




「よくわからない。解るように話して」




眉を寄せて問い詰めるミカサに、
大したことじゃないとエレンは笑った。
多くを語ろうとしない様子に
ミカサは唇を尖らせる。

向かいでは特に気にする素振りを見せず
アルミンが残りのパンを頬張っている。
小さく千切って、やはりお上品に。


自分と出会う前から
エレンとアルミンが友達だったことに
ミカサは稀に嫉妬心を抱いた。
しかしエレンに恋するミカサとは違い、
アルミンの方は彼に対し
全く恋心を抱いていないようなので
それは安心できる。
と言うのも以前、二人きりでこっそり
恋愛について話をしたことがあった。
アルミンもミカサも年頃の女子なのだから
色恋沙汰の話をするのは当然のことだ。
その時に言っていた。
アルミンは同年代の男性との恋愛は
考えられないという。
確か、歳上の男の人の方が惹かれる、と
頬を赤らめながら呟いていたはずだ。

それを聞いて、成る程、アルミンらしい、と
納得したのを覚えている。

頭が良く意志の強いアルミンには、
彼女と同じ目線で話せる男性が相応しい。


いつの日か、アルミンの心を動かすような男は
現れるのだろうか?



優しい瞳をアルミンに向けるエレンの隣で
ミカサはそんなことを思っていた。


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