3


エレンを奪還するために何を捨てればいいか、
此処に辿り着くまでずっと考えていた。
まずは自分の命。
これは予想の範疇であり元々数に入れていない。
そもそも、ちっぽけな自分の命だけでは
人類の希望という存在であるエレンを
取り返すことなんて出来ないだろう。



では、他に何を?何を捨てればいい?


…考え抜いた末、出した答えは。





「…アニを置いていくの?」





腕の中で小さく呟いたアルミンが、
何を言ったのか聞き取れなくて
ベルトルトは一度
彼女の両肩に手を置いて身体を離す。
アルミンが、アニ、という名前を口にしたのは
辛うじて解った。
訓練兵時代、2人は親しくしており
あの無愛想なアニが、
アルミンにはすっかり心を許しているようで、
幼少の頃からアニを知っているベルトルトには
それが不思議で仕方なかった。
小さな彼女を見下ろして
もう一度言って、と首を傾げると、
アルミンは此方を真っ直ぐに見上げ
同じ台詞を繰り返す。





「アニを置いていくの?」





「………、」





やはり、アルミンは優しい。
捕らえられているアニを見捨てて
この先には進めないと言っているのだろう。





「…勿論、アニも取り返しに行くよ。
ただ、それは今じゃない。
一度故郷に戻って、態勢を整えてからーー…」




「アニなら今、極北のユトピア区の地下深くで
拷問を受けてるよ?」




それを聞いて、ぴくり、と
金糸の髪を撫でていた指先が跳ねる。
ベルトルトは呆然として、
長い睫毛に縁取られた大きな瞳を覗き込む。
…今、なんて言った?
動揺を隠しきれないベルトルトとは対照的に
アルミンは無表情のままだ。
まるで感情をなくした人形のように
残酷な台詞をすらすらと並べる。





「彼女の悲鳴を聞けばすぐに、体の傷は治せても
痛みを消すことが出来ないことはわかった。
死なないように細心の注意が払われるなか
今この瞬間にもアニの体には…休む暇もなく」





ーー…様々な工夫を施された拷問が。




「……アルミン…?」





淡々と、拷問を受けているアニの状況を
事細かに説明するアルミンを見て、
ベルトルトは硬直した。
彼女の両肩に乗せていた手がするりと落ちる。

友達が酷い状況にあると知りながら
何故君はそんなに平然として居られる?
顔色ひとつ変えずに。
今まで見たこともない冷たい瞳で僕を見上げて。
それは恋人に向ける目じゃないだろう?
温度のない瞳…それはまるで、敵に向ける
ーーーそう、人類の仇に向けるような。





「!!」





混乱する頭を一度整理しようとした瞬間、
ベルトルトの腹部に激痛が走る。
直後、鮮血が宙を舞う。


ーーーあぁ、アルミンに斬られたのだと
頭で理解した時には既に
暫くの間背中にあった筈の重みがなくなっていた。







◇◆◇◆◇◆






地面に真っ逆さまに落ちていくエレンを
ミカサがキャッチしたのを見届け
アルミンはホッと胸を撫で下ろす。
しかし、自分もまた
無防備な状態で落下していることを
理解出来る程、冷静ではなかった。




ーーーー殺せなかった。





その思いだけがずっと、頭の中を漂っていて
総員撤退の合図も、何処か上の空で聞いていた。
自分の命と人間性を捨てて、
ベルトルトを殺せる絶好のチャンスを作ったのに。




「危ねぇ!!」




どん、という強い衝撃と共に、
アルミンの体は地面に叩き付けられる寸前で
誰かに抱き抱えられる。
ハッとして顔を上げると、
険しい顔で此方を見下ろすジャンと
視線がかち合った。
かなりお怒りのご様子で眉間の皺が濃い。
普段の3割増しで悪人面だ。




「ぼさっとすんな!撤退だ!!」




「う…うん、」




「遠足は帰るまでが遠足だって
母ちゃんに言われなかったか!?」




「うん…!!」





ジャンに怒鳴られてアルミンは我に返る。
周囲を駆けていた馬に飛び乗り、手綱を強く引く。
ここは壁外。巨人が蔓延る領域だ。
エレンは解放したが、これから壁の中まで
無事に帰れる保証は何処にもない。
周囲を見渡せば、エレンは
先を行くミカサが抱えている。無事だ。
ヒストリアも立体機動で飛んでいる所が見えた。
彼女の近くにはコニーが居る。そしてユミルも。





「帰ろう!!」




「おう!」





右腕を失ったエルヴィンが
未だに先頭で指揮をとっている。
生き残った兵士で陣形を作り、
ウォール・ローゼへと方向を定め、駆け出した。


しかし、ここで不測の事態が起きる。


這い寄る巨人共を背に
逃走を図る調査兵団に向かって、
ライナーが巨人を投げて寄越したのだ。




「な、何で!?エレンが食われてもいいのか!?」





ライナーが投げた巨人は丁度ミカサの近くに落ち、
その衝撃でエレンとミカサは馬から弾き出された。
地面に無防備に転がる2人を確認し、
アルミンもジャンもすぐに駆け付けようとするが
今度は自分達の近くに3m級の巨人が落ちて来る。





「!?」




「ジャン!!」





巨人はジャンの乗っている馬に当たり、
ジャンはそのまま地面に転がり落ちる。
その拍子に頭を打ち、
ジャンは意識を失ってしまったのか
アルミンが呼び掛けても反応がない。




「ジャン!!しっかりしろ!!目を覚ませ!!」




壁外の世界で馬から降りることは
自殺行為だと解っていながらも、
アルミンは即座に馬から飛び降り、
地面に横たわっているジャンに駆け寄った。
そして傍らに膝をつき、頬を軽く叩いて
耳元で何度も名前を呼び掛ける。






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