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死を覚悟した瞬間
眼前を横切ったのは、自由の翼。

5年の歳月を経て、
超大型巨人が再び姿を現したあの日、
命の危機に晒された自分を救ってくれたのも
自由の翼を背負った男だった。
命の恩人である彼は今では恋人となり、
いつだってアルミンのことを支えてくれている。
どんなに離れていても。

しかし今、目の前にあるのは
愛しい恋人の背中ではない。




「え……、」





アルミンを狙っていた巨人は
突然間に割って入ってきた
エルヴィンの右腕を齧りとった。
右肩から噴き出す鮮血が、彼のすぐ後ろにいた
アルミンの顔や髪の毛を赤く染める。





「「「エルヴィン団長!!」」」





絶対的な統率力で調査兵団を引っ張ってきた
エルヴィンの窮地を目の当たりにし、
周りを取り囲む兵士達は
悲鳴のような声を上げる。
彼をなくして人類の勝利は有り得ない。
そう言い切れる程、兵士達が
エルヴィンに寄せる信頼は絶対的であった。
人類の勝利にはエレンと、
そしてエルヴィンが必要だと兵士達は思っている。
例え本人が否定しようと、
ハンジも、恐らくリヴァイもそう思っているのだ。
右腕を失いよろめくエルヴィンに
直ぐ様駆け寄ろうとする兵士達を、
牽制したのは当の本人であった。




「進め!!」




そのたった一声と威圧に、兵士達の足は止まる。
まるで痛みなど感じないと言う風に
此方を振り向いたエルヴィンの蒼い瞳は
強く光っていて、致命傷を負ったにも関わらず
少しも生気を失っていない。
いつも通りの、調査兵団団長である彼の姿が
そのままそこにあった。
時には兵士を犠牲にする冷酷非道な策を立案し
しかし常に人類の未来を第一に考える男の
あるべき姿がそのままそこに存在した。

エルヴィンは、此方を呆然と見つめている
アルミンに目を向け、厳しい口調で言い放つ。




「エレンはすぐそこだ!!進め!!」




残った左腕で剣を掲げ、アルミンを鼓舞すると
彼女はびくりと身体を震わせた後
何かを決意した様子で唇をぎゅっと噛み締める。
険しい表情のまま身を翻し
駆けていく小さな背中を見送ると、
エルヴィンは安堵の溜め息を吐いた。


ーー…よかった。あと少しでも遅れていたら
アルミンは巨人に喰われていただろう。

彼女は、今エレンを捕らえている超大型巨人…
ベルトルトに対する最大の武器になり得る。
彼の心を揺さぶれるのは恐らくアルミンだけだ。
こんな所で失うわけにはいかない。



(何より…リヴァイに、アイツを頼む、と
言われてしまったからな)




その柔らかい唇を先に奪ったのは自分だった筈だが
彼女はいつの間にかリヴァイのものになっていた。
周囲の目を引く容姿をしているので
綺麗なものを好むリヴァイが
アルミンに惹かれるのは、当然と言えば当然だ。
彼女がリヴァイの所有物となったのなら、
何が何でも守らなくてはいけない。
その身を呈して庇う程、
エルヴィンが大切にしているのはアルミンではなく
寧ろリヴァイの方なのだ。
彼は調査兵団最大の戦力であり、
その強さは人類の未来を切り開く力がある。
しかし、漸く巨人の謎を紐解く鍵を
見つけたという所で
アルミンに死なれてしまったら、
リヴァイの戦意は著しく削がれ、
彼が自分に向ける信頼も失う恐れがある。

エルヴィンは己の右腕と引き換えに
リヴァイとの約束を守ったのだ。






◆◇◆◇◆◇






目の前で繰り広げられる戦いを、
エレンはただ眺めていることしか出来ない。
自分を取り戻すためにここまで来てくれた仲間が
無数の巨人を相手に闘っている。
その中にはミカサ、ジャン、コニーなど
104期の面々の姿もある。
必死の形相で剣を振り翳し、
すぐに助けると瞳で語るミカサは、
一体、何体の巨人を蒸発させたのだろうか。
今はいちいち数えている余裕がない。
巨人の返り血で染まったミカサの顔を見上げ
エレンは彼女の背後から近寄る巨人に気付き
咄嗟にその名を叫ぶ。




「んーーー!!」




ミカサ、と形にならない声を上げれば
それに気付いたジャンが加勢しようと身を翻す。
ミカサは一時巨人の掌で鷲掴みにされたが、
ジャンが巨人の目元を斬りつけたおかげで
すぐに解放される。
それにホッとしたのも束の間、
次々に襲い来る巨人を前に
兵士が一人、また一人と散っていく。





(俺が捕まったせいで…
このままじゃ皆が死んじまう…!!)





自分が死ぬよりも辛く、苦しい現実に、
エレンは絶望した。
巨人をこの世から一匹残らず駆逐してやる、なんて
よくもまあ大口を叩けた事だ。
そんな、出来もしないことを。

今、目の前で巨人と闘っている
ミカサを助ける事さえも出来ないのに。


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