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兵長は、エレンに何て言ったのだろう?

気にはなったが、
何も今するべき話ではないと思い止まり、
アルミンはエルヴィンに向き直る。

彼とは久しぶりに面と向かって話をするので、
アルミンは少なからず緊張していた。




「…エルヴィン団長。
女型の巨人と思わしき人物を…発見しました」





彼女が放ったその一言で、
一瞬にして場の空気が変わる。


ハンジの顔からは笑みが消え、
エルヴィンの青い瞳は鋭さを増す。
隣に立つリヴァイの貫くような視線を感じながら、
アルミンは感情を殺して自身の推察を語る。




「女型の巨人と思われる人物は、
104期訓練兵団を卒業…現在は憲兵団に所属。
生け捕りにした2体の巨人を
殺した犯人とも思われます」





ハンジの実験体であった
ソニーとビーンが殺害されたのは、
まだたった一月前の話だが、
随分と昔のことのように思える。
調査兵団に入団して間もないのに、
この1ヶ月で自身を取り巻く環境が
目まぐるしく変化した。
調査兵団は死亡率が高く、
団員の入れ替わりが激しいとは
訓練兵時代から話に聞いていたが、
まさかこんなにも早く
上官や班員を亡くすことになるとは
思いもよらなかった。



アルミンが心から信頼を寄せていた、
ディータ・ネス班長を殺したと思われる人物。
それはーーー…



「彼女の名は…

アニ・レオンハート」







名前を口にした瞬間、
アニとの思い出が詰まった心の抽斗が一気に開き、
訓練兵団時代の何気ない日常の風景が
次々と浮かんでは消えていく。


初めて言葉を交わした日。
座学で隣の席に座った日。
対人格闘でペアを組んだ日。


フードをすっぽりと被り、
他人を寄せ付けないように振る舞っていたアニが、
自分にだけ見せる屈託のない笑顔を、
アルミンは思い出していた。


寝付けなくて小声で語り明かした夜。
寝不足でぼーっとしながら一緒に歯を磨いた朝。
体調を崩して熱を出した時、
冷たい水で絞ったタオルを額に乗せてくれた手。
ふとした時に見せる、哀しげな横顔。



女性にしては少し低くて、ハスキーな声。
あんたは弱いくせに根性あるからね、と
褒めてくれたその声。


小さな頃からエレンとミカサに
守られて生きてきたアルミンを、
あんたは強いよ、と認めてくれた友達。



じゃあね、と一言呟いて去っていった
アニの後ろ姿は
誰よりも小さくて寂しそうで、
ちゃんと見ていないと
陽炎の中に消えてしまいそうだった。




「君の証言に根拠はあるのか?」




「…女型の巨人は、エレンの顔を知ってるばかりか
同期でしか知りえないエレンのあだ名
"死に急ぎ野郎"に反応を見せました」




冷静を装おうとしたけれど、
声が細かく震えてしまった。
リヴァイが背中に手を当ててくれなかったら、
恐らく立っていることさえ儘ならなかった。
そんなギリギリの精神状態で、
アルミンは自身の推論を述べる。





「高度な技術が必要な2体の巨人の殺害時には、
使い慣れた自分の立体機動装置を使って…
検査時には死亡したマルコ・ポットの
立体機動装置を提示し、追及を逃れた」




検査時にアニの隣に立っていたアルミンは、
立体機動装置の僅かな傷や凹みから、
それが死んだマルコのものであり、
同時にアニのものではないことに気付いた。
しかし見間違いかと思い、黙っていた。
いや、見間違いだと思いたかったのかもしれない。




「それと、アニは女型と顔が似ていて…


何より…僕を2度も殺さずに見逃したことが…
大きな理由となっています」




「ほう。それは何故だろう?」






ーーそんなこと、聞かないでくれよ。
頭の良い貴方なら解るだろう?
わざわざ傷口を抉るような質問を
寄越さないでくれ。



口許に手を当て真っ直ぐに此方を見つめている
エルヴィンに、心の中で悪態をつきながら、
アルミンは引っ込みそうな声を
無理矢理絞り出そうとする。




ーーー……何故って、それは。




一匹狼のアニにとって、
僕だけが、心を許せる友達だったからだ。





理屈ではない、それこそが
アニが女型の巨人であると裏付ける、
何よりの根拠となる。






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