( 2/7)
街は廃れていた。
超大型巨人に壁を破られたトロスト区は、エレンが岩で穴を塞いだ後も、かつての活気を取り戻すことは出来なかったようだ。
巨人の襲来を受けてボロボロになった街並み。人手も金も足りず、整備が間に合わないらしい。閑散とした通りでは痩せこけた犬が餌を求めて割れた石畳の上を歩いている。
成る程、この現状では集団で街中を歩くだけでも人々の視線を集める事が出来る。何せ人が少ない。残っているのはこの街に愛着を持つ住民や商人だけ。その他は、壁の扉を埋める作業兵と、巨人襲撃に備える兵士だけだ。
「おい、アンタ…リヴァイじゃねぇか!?」
「あ?」
すれ違い様に男が放った一声で簡単に人集りが出来た。調査兵団兵士長のリヴァイは有名で、勿論世間一般の人々にも顔と名前が知れ渡っている。
「本当だ!俺も見たことあるぞ!」
「人類最強の兵士リヴァイだ!」
「おいおい小せぇな…馬に乗ってるところしか見たこと無かったが…こりゃあ」
続々と集まってくる住民に取り囲まれ、リヴァイ班は身動きがとれなくなった。住民達が彼らを見る目の色は冷たい。その蔑んだ表情を見れば、彼らが調査兵団をよく思っていないのがすぐに解った。
恨みを買うのは当然だ。住民達の多大な税金によって調査兵団の活動は成り立っているのだから。
「なぁ兵士長、どうしてこうなった?なぜ巨人に何回も攻め込まれてんです?俺にはわかる」
絡んでくる男の視線を正面から見据え、しかしリヴァイは口を閉ざしたままだ。
「あんたら調査兵団の働きが足りねぇからだよ!」
こんな風に、罵声を浴びせられるのにはもう慣れた。犠牲者を多く出し、壁外調査からボロボロで帰還した時なんかは特にそうだ。
「俺のやってた商売はこうだ…稼げねぇのは自分が悪い。労働に対価が見合わねぇなんていつものこと。だがあんたらは違うでしょ?働きが足りねぇし結果が出てねぇのに食えてる…」
あんたらに少しでも良心があるなら金を置いていけ、と罵る男の後ろから、何やら不穏な気配を感じて、シャオは咄嗟に目を光らせる。
それを知らせるためにリヴァイの服の袖を引っ張ると、男達はリヴァイから一斉にシャオに視線を向けた。
「…流石、別嬪さん連れてるじゃねぇか、リヴァイ兵士長」
「いいご身分だよな…」
下卑た笑いを浮かべシャオに手を伸ばす男達を睨み付け、リヴァイは舌打ちをした後、容赦ない蹴りを入れた。
「ぐあっ!!」
「て、テメエ…!!」
この状況でもシャオが一点を見つめていることにリヴァイは気付き、彼女の視線の先を追うと、ハッと目を見開き声を上げる。
「オイ!気を付けろ!」
リヴァイが放った一言に、班員達に緊張が走る。
ーー…どうやら、獲物がかかったようだ。
「馬車が突っ込んでくる!!」
全速力で此方に向かってくる馬車は、スピードを落とすことなく、人集りに正面から突っ込んできた。その衝撃で数名が跳ねられ道端に転げ回る。リヴァイ班の面々は、本当は簡単に馬車を避けることが出来たが、敢えて弾かれたような演技をした。
その馬車に乗っていた二人の男は、変装したシャオとジャンを乱暴に引き上げると、そのまま走り去っていき、あっという間に見えなくなった。
「く、クリスタとエレンが!また拐われてしまったああぁ!!」
サシャが下手くそな演技でそう叫んだところで、一先ず作戦1は終了だ。
突然の事故に腰を抜かしている住民達の側で、リヴァイは冷静に残る4名に指示を出す。
「作戦2に移行だ、馬車を追う。奴等の巣に着いたらアルミン、サシャ、コニーは周囲を見張れ。ミカサは俺と来い」
「「了解!」」
指示を受け、4人は素早く行動を開始する。
馬車を追うのは立体機動装置を使えば容易い事である。
今リヴァイにとって難しいのは感情の制御。万が一、汚い手がシャオに触れるのを目の当たりにしても、状況を見て待ったをかけなくてはならないことだ。先程も住民達が彼女に厭らしい目を向けただけで頭に血が上ってしまった。
「…急ぐぞ」
苦虫を噛み潰した表情でそう呟くリヴァイに、隣を飛ぶミカサは無言で頷いてみせる。
◇◆◇◆◇◆
二人が連れ去られた先は、町外れにある倉庫だった。
乱暴に馬車から降ろされると、ジャンとシャオは向かい合うように置かれた椅子に、縄で括られた。身動きがとれないよう手首を縛られ、腰を椅子と固定される。
縛られている最中、見張りの男がシャオに近付いてきた。
「いい匂いだなぁ姉ちゃん…この辺りにはいねぇ女の匂いだ」
今にも涎を垂らしそうなだらしない顔で、男はシャオに顔を近づける。そして彼女の髪に顔を埋め、思いきり匂いを嗅いだ。
「………お、おい!」
止めろ!とジャンは言おうとするが、シャオの強い視線で制される。抵抗すれば暴行を受けるから大人しくしていて、と、シャオの冷静な瞳が言っている。
鼻腔を擽る甘い香りに興奮したのか、男の呼吸は徐々に荒くなる。次は髪ではなく首筋に顔を埋めてきた。耳元で聞こえる卑しい声に嫌悪感を抱いたのか、シャオの眉間に一瞬皺が寄った。
「はぁ、はぁ…いいにおいだな、お嬢ちゃん…これ、お嬢ちゃんのにおい?どこからこんないいにおいがするのかな…」
初老の男の行動は徐々にエスカレートしていく。首元から一度顔を上げ、下品な笑みを浮かべた後、今度はシャオの豊かな胸に顔を埋めた。
「!!」
立ち上がろうとしてガタッ、とジャンの椅子が音を立てる。しかしシャオの身体に夢中な男はそれを気にすることもなく、ジャンに背を向けたまま彼女を嬲り始めた。
PREV |NEXT