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ウォール・マリアの旧市街地。

絶対に単独で行動するなというリヴァイの言いつけを守り、シャオは同期のペトラ・ラルと行動を共にすることとなる。

巨人がうじゃうじゃと出現するこの地域ではリヴァイもシャオ一人に意識を向けておくことは難しい。
それでも巨人を倒した後、それとなく視線を漂わせ、彼女のお団子頭を見つけては安堵する。その繰り返しだった。



「ペトラ!シャオを連れて下の兵士を介抱しろ!残りの全員は右を支援しろ!!俺は左を片付ける!!」



指示を飛ばしながらもリヴァイの身体は既に巨人へと向かっていた。



「聞いた?シャオ、行くわよ!」


「了解!」



普段おっとりとしているシャオだが、戦場ではハキハキと受け答えをする。心なしか表情もいつもとは違い、険しい表情を崩さない。兵士の顔だ。

ペトラはシャオの訓練兵時代からの友人だが、その秀でた身体能力で巨人の討伐数・討伐補佐数を着々と伸ばしている兵である。彼女の背を追い倒れている兵士に近寄ると、巨人に噛まれたのか大量に出血しており、血の匂いが鼻につく。



「…これは…」



もう助からない。ペトラもシャオも同じことを思った。しかし、一縷の望みをかけて応急措置を始める。

シャオは兵士の傍らに正座をすると、膝の上に兵士の頭を乗せた。ペトラが傷の手当てを始めると、意識が朦朧としている兵士が何かを口にしたので、シャオは彼の顔を覗き込む。安心させるように頬を撫でながら。



「何か言いましたか?」



柔らかく問い掛ければ、兵士の虚ろな目がシャオの瞳を捉える。そして大きく息を吸い込み、「天使…?」と呟いたので、シャオは笑った。



「人間ですよ、ニンゲン!貴方も生きてます」



ふふふ、と肩を震わせるシャオの向かいで、手当てを続けるペトラの顔色をちらっと窺うと、依然として厳しい表情のままだった。


血が止まらない。このままでは出血多量で死んでしまう。


ペトラの顔色から状況を察したシャオだったが笑みを消さず、頬を撫でる手も止めない。冷たくなっていく頬を包み、慈愛に満ちた目で兵士を見下ろした。




「オイ…」



突然背後から掛けられた声の主がリヴァイだと瞬時に察し、シャオの身体は硬直する。



「そいつはどうだ!?」



「兵長…血が止まりません…!」



情けない顔でペトラが答えると、リヴァイは眉をひそめて膝をつく。兵士は息も絶え絶え視線をリヴァイに向けた。



「兵……長……」



「!……何だ?」




ーーこの男の最期の言葉だ。
シャオとペトラは息を呑む。
リヴァイだけは冷静だった。もう何百人という部下の最期を見届けてきたから。



「オ…オレは…人類の役に…立てた…でしょうか…」



言いながら、兵士は血に汚れた右手を差し出してくる。小刻みに震える手は、最期の力を振り絞っていることを示していた。

ブレードについた巨人の返り血すら気にする自他共に認める潔癖症のリヴァイであるが、部下のその血塗れの手を躊躇うことなく握る。



「お前は十分に活躍した。そして…これからもだ。お前の残した意志が俺に力を与える」



掌の中の体温がどんどん冷たくなっていくのを感じ、リヴァイは更に力を込めて手を握る。



「約束しよう俺は必ず!!巨人を絶滅させる!!」



リヴァイが交わした約束を最後まで聞くことは出来ただろうか。きっと聞こえただろう。その証拠に体温を失った兵士の死に顔は穏やかだった。


一人の兵士を看取った三人に、沈黙が重くのし掛かる。最初に言葉を発したのはペトラだった。



「安心したように眠ってる…。兵長の言葉、きっと届きましたよ」


「……そうか。ならいい」


眉を下げ、それでも調査兵団のムードメーカーであるペトラは無理矢理笑顔を作ってみせた。



「さっきなんてこの人、シャオを見て"天使"って言ったんですよ!どんな口説き文句かと思いました!」


色白で大きな目を細めて笑うシャオは、纏う空気も柔らかく、成る程天使に見えなくもない。そう思ってリヴァイはシャオに視線を移すと、シャオは普段の彼女からは想像できない程暗く沈んだ表情で俯いている。

人が死ぬ現場には慣れている。こういう仕事をしているのだ、それでいちいち心を痛めていては身が持たない。

しかし今回、シャオはリヴァイに介抱を頼まれた兵士を死なせた事を悔やんでいた。


リヴァイと個人的に言葉を交わすようになったのはほんの半年程だが、その半年間でリヴァイの為人が少しずつ解ってきたのだ。言葉遣いは荒く、行動は粗暴で粗野で解りにくいが、リヴァイは部下思いの心優しい男であった。そして志半ばで死んでいく部下達を見て心を痛めていることも。リヴァイは傷ついた表情を絶対に見せないし言わないが、他人の心の機微を読むのに長けているシャオにはそれが解っていた。

今回も兵長は傷ついている。この人を傷つけたくないと思うようになったのはいつの頃からだったろう。



「どうしたシャオ、クソでも我慢してんのか?」




その声にハッとして顔を上げると、自分に怪訝な眼差しを向けているリヴァイと目が合った。女子にかけるとは思えない台詞に曖昧に笑ってみせると、彼は眉間の皺を濃くさせた。



その時、背後から此方に近付いてくる馬の蹄の音がした。

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