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一生懸命に此方を見上げてくるシャオと、目を合わせるようにミケは屈む。
少し近付いた距離にシャオは慌てたのか、きゅっと唇を結び緊張の面持ちを見せる。
(ああ、良い匂いだ)
近付けば、あの日ミケの心を鷲掴みにした香りが鼻を擽り、ミケは目を細める。
この子は安全な街で、最愛の伴侶を得て、子供を儲け、穏やかに暮らす人生の方がお似合いだと漠然と思った。
間違っても調査兵団など、巨人の血を浴びて死と隣り合わせで暮らす人生など向かない。
ーー…それでも、今日ここで彼女に出会えたことが、ミケは堪らなく嬉しかった。
彼女の短めの前髪を撫でると、弾かれたようにシャオは目を見開く。
『…今日のところは黙っておいてやるが』
『………!』
『次からはちゃんと訓練しろ。お前は人一倍訓練しないと身が持たないぞ』
『は、はい!』
慌ててそう返事をして、シャオは右手を胸に当てる。
自分を見下ろすミケの黄色い瞳は、春の陽射しのように温かだった。
元々は寡黙なミケのことだ。それから二人きりで会話を交わすことはなかったが、シャオは彼を見かける度、目を合わせて会釈をした。シャオがそうすると、ミケも優しい目をしてそれに応えてくれた。
あの日のことは二人だけの秘密だ、と。
共有するように。
…ああ、そうか。
ミケさんの目は、今日の太陽に似てるんだ。
上を向いているのに込み上げてくるもので歪む視界の中、白光がその形を変える。
「……ミケさん」
空の上から私を見下ろしている。
その穏やかな瞳を持つ、彼はもういない。
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