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ーー…初めてミケと言葉を交わしたのは、シャオが調査兵団に入団して間もない頃だった。


奇跡的に訓練兵団を卒業でき、浮かれていたのは良いが、調査兵団に入ってからも相変わらず厳しい訓練が続き、シャオの元々強くはない体が悲鳴を上げていた。


この状態で立体機動なんて絶対に無理、絶対に怪我をする、絶っ対に熱を出す…!


危険を察知したシャオは、今日は病欠にしようと決意した。入団後、病欠で休むのは記念すべき一回目だから、まだ大丈夫。まだ余裕だ。


今朝具合が悪いから休むと言ったら、ペトラは心配してくれたが、オルオは明らかに怪しんでいた。…本当かお前?と人の心を読むような目を向けられ、慌てて咳き込んでみせた。その場を上手く誤魔化して、シャオは昼過ぎまで兵舎で休んでいた。


しかしやはり、退屈である。


休んだのだからここは寝ているべきなのだが、午前中たっぷり睡眠をとったおかげで体はすっかり回復していた。




(ちょっとだけ、資料室に行ってもいいかな…?)




座学の資料室は、兵士達は自由に使用して良いことになっている。資料室を思い浮かべただけで、本を読むのが好きなシャオは欲求に負け、ベッドから抜け出す。団服に着替え、いつも通り髪を纏めると、シャオは抜き足差し足でこっそり兵舎を抜け出した。





資料室は兵舎とは別棟にある。


皆は立体機動の訓練で森林に行っているのでいないが、幹部クラスや非番の兵士は居る筈なので、シャオはキョロキョロと人目を気にして移動する。


いや大丈夫、もし見つかったとしても、今日は非番なんです!と胸を張って堂々と言えばいい。そうしたら怪しまれないだろう。
思い直したら勇気が湧いてきた。

よし、近道しよう、と緑豊かな中庭を突っ切ろうとした時だ。




『………待った。お前、新兵だな?』




『ひぇぇっ!!』




突然背後から低い声を掛けられ、シャオは竦み上がる。ブルブルと爪先から頭の先まで震わせて、声の主に目をやると、すぐに目は合わなかった。


何せ彼は長身で、身長の低いシャオが目を合わせるには、顔を思いっきり上げなくてはならない。


そして目が合った瞬間、さーっと血の気が引いた。




『み、ミケ分隊長……』




『………いかにも』




人の顔と名前を把握することは得意なので、すぐにその人物の名前を言い当てると、彼は少し驚いたように目を見開いた。

彼女とは初対面だ。エルヴィンやリヴァイのように名の知れた人物であれば、一方的に名を知られていても不思議ではないのだろうが。




『よく知ってるな』




『はい…あの、これからお世話になる方々のお名前とお顔は把握しておこうと思いまして、入団前に覚えました…』



そのうち貧血で倒れてしまうのではと心配になる程真っ白な顔で此方を見上げる彼女が、段々哀れに思えてきた。


何をそんなに怯えているのか。




『…お前の名は何という』




『はっ、大変失礼致しました!101期訓練兵団を卒業し、この度調査兵団に入団しました、シャオリー・アシュレイと申します!シャオと呼んでください!』



きっちりと姿勢を正し自己紹介をしたシャオを、ミケは無言で見下ろす。



彼女のことは知っていた。



新兵勧誘式を影からこっそり覗いていたミケは、初々しい新兵達の中で、一際小さくて可愛らしいシャオに、無意識に目を向けていたのだ。

何故調査兵団に入団した、考え直せと思わず言いたくなるほど、ミケの目に彼女は非力に映った。前線に出ればあっという間に食われてしまいそうな少女だった。

しかしエルヴィンの脅しとも言える勧誘演説を聞いて、それでも入団を希望する勇気を持っていることは確かだった。シャオが会場を後にするまでミケはじっと眺めていたが、その視線に全く気付かず、シャオは前を通り過ぎた。




その瞬間、ふわりと甘い香りがして、ミケは心臓を掴まれたような錯覚に陥った。






『…新兵がなぜここに居る?』





『す!すみません!!今朝、体調が悪くて非番を頂きました!でもちょっと、あの、良くなってきたんで、資料室で勉強しようかと、えっと、思いまして………』




ガクッ、と項垂れるシャオ。

ミルクティー色のお団子が揺れる。


嘘はついていない。




暫く嫌な沈黙が続き、果たしてどんな罰が下されるのだろうか、そんなことばかりが頭を過る。


訓練場100周?
崖登り?
立体機動で森の中100周?


ずーん、とシャオの頭上に幾つもの縦線が垂れた時だ。


頭上から聞こえてきた笑い声に、シャオは地面とにらめっこしたまま目を瞬かせる。




『…嘘が吐けないらしいな、お前は。サボりか』




言いながらもミケはクツクツと愉しそうに笑っている。すみません、と顔を歪めて平謝りを続けるシャオの表情を確認したく、顔を上げろと指示すると、あちゃ〜やっちまいました、と心の声が丸聞こえな顔をしていたので、ミケは盛大に噴き出した。手を叩いて。


寡黙そうに見えたミケの温かな笑顔を見て、シャオは呆気に取られた。

いつも無表情で無口なミケが、何故か自分の前で笑っている。

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