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最前線へ向かうグループがエルミハ区を出発したのは、エルヴィンが到着する数時間前の事だった。
憲兵を引き連れてやって来たエルヴィンは、リヴァイとシャオの姿を見て馬を止める。
「遅くなって申し訳ない。憲兵団に協力を要請していたんだが、思いの外時間が掛かってね」
「へぇ…こいつらもついてくんのか。お前ら一体、どういう風の吹き回しだ?」
王の近衛兵を任されながらも、巨人の驚異が少ない内地での職務を希望した憲兵達の職務怠慢や職権乱用は、目に余るものがある。リヴァイは憲兵達に軽蔑の眼差しを向けるが、エルヴィンはそれを制す。
「今は何よりも人数が必要だ。我々はこれから前線から程近いトロスト区へ移動する。リヴァイは馬車で移動しろ。シャオは私と来なさい」
「は、はい!」
馬をとってきます、と厩舎へ向かうシャオの背をリヴァイとエルヴィンは無言で見つめる。
元々細かった体が、更に小さくなってしまったように思える。あんな体で立体機動装置の負荷に堪えられるのかと心配になる程。
「彼女はちゃんと食べているのか?」
「今日は普通に食ってたが…城に戻ってからは殆ど寝てたからな。食欲も湧かなかったみてぇだ」
細くて軽い肢体を思い出し、リヴァイは目を細める。確かに常人より引き締まってはいるが、こいつは本当に兵士なのかと疑いたくもなる体だ。本部に戻ったら彼女の体力作りから始めるか、と特別メニューを頭に浮かべつつ、リヴァイはポツリと呟く。
「エルヴィン。アイツを頼んだぞ」
念を押すようにそう言うリヴァイは、彼女と交際を初める前の彼とは全くの別人だ。少なくとも、仕事に私情を持ち出して、アイツは安全な所に配置してくれ、と頼むようなことはしなかった。
そもそも、リヴァイが兵士と交際をするなんてことは今までにないことだ。彼が相手にしていたのは大抵酒場の女だったり娼婦であったり、リヴァイの外見と肩書きに惹かれて言い寄ってくるような女だった。その方が楽なのだろう。リヴァイに好意を寄せる女兵も多かったが、彼女達を部下として大切にしているリヴァイが手を出すことはなかった。
以上を踏まえて、シャオは特別な女だと理解する。リヴァイが自ら求めた兵士なのだから。
馬に乗って駆けてくるシャオに微笑み、エルヴィンはすぐに先頭へ向かう。
「兵長、また後で」
「ああ。余所見して落馬すんなよ」
ひらひらと手を振りそう揶揄すれば、シャオは最後にぷくっと頬を膨らませてから、エルヴィンの後を追った。
去り行く彼女の姿は、闇に紛れてすぐに見えなくなった。
◇◆◇◆◇◆
夜の移動は視界が悪く、あまりスピードを出せない。しかし隣を駆けるシャオの姿は、松明に照らされて確認できた。
「今夜は徹夜で移動だが、眠くはないか?」
彼女を馬で移動させたのは体を馴らしてもらうためだ。突然話し掛けられ驚いたのか、シャオはキョトンと此方を見上げる。
「たくさん寝たので平気です」
そうして柔らかな笑みを見せた。どうやら警戒心を解いてくれたらしい。以前話した時は、こんな風に笑ってくれなかったのだ。それはきっと、エルヴィンがシャオの存在価値を見定めようとしたことに勘付いたからだろう。
改めて、綺麗な女性だと漠然と思う。いや、綺麗になった。元々愛らしさはあったが、今隣に居る彼女は艶もあり、女としての魅力をエルヴィンに見せつけた。夜のせいだろうか。
「久しぶりに動いただろう?トロスト区までは距離がある。つらかったら遠慮なく言いなさい」
「大丈夫です!元々、体は元気でしたから。疲れていたのは心の方です…、甘いことを言いました、すみません」
「いいや、構わない。心の休息も大事だ」
…こんなことを言ってくれる人だとは思わなかった。
虚を突かれてシャオは左にあるエルヴィンを横顔を見上げる。
此方を凝視するシャオに気付いたエルヴィンは、口をポカンと開けた無防備な彼女の顔を見て、思わず肩を震わせて笑った。
くるくると変わる表情は見ていて飽きない。
…ずっと彼女だけを見ていたい。
恐らくリヴァイも、そう思ったのだろう。
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