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ここからハンジが率いる班とエレン達3人とは別行動だ。シャオはここでエルヴィンの到着を待たなければいけない。
時刻はもう真夜中を回った頃だろう。巨人は夜は動けない筈だが、巨人を相手にすれば常に想定外の事が起きる。油断大敵だ。
「エレン、身体はもう大丈夫なの?」
「俺は平気です!そういうシャオさんこそ…」
言いかけて、エレンは表情を曇らせる。壁外調査から古城へ帰還するまでの道程で、抜け殻のようなシャオの後ろ姿を見た。今にも透けて、消えてしまいそうな、生気のない彼女の姿を。
あれからまだ数日しか経っていないのだから、大丈夫なわけがない。
「…ごめん、シャオさん」
謝るのがこんなに遅くなってしまった。
「俺のせいで、皆が…」
「…?何の話をしているの?」
本当に解らずに戸惑っているシャオをエレンは見下ろし、彼女の両肩を掴み、苦しげに言った。
「俺のせいでリヴァイ班の皆が!!」
「ーーー……」
脳裏に過る四人の顔と、目の前にある泣き出しそうなエレンの顔。大きな金色の吊眼。もういない彼らが命懸けで護ったもの。
護られた少年は、後悔の念にさらされている。
「大丈夫だよエレン。そんな顔しなくても」
ゆっくりと言い聞かせるように、シャオはエレンを見上げて、彼の瞳を覗き込んだ。
「私、昨日古城で遺品を整理しながら、皆に…ありがとうって、たくさん伝えたんだ」
「…え?」
「エレンを護ってくれて、ありがとうって」
花のように笑うシャオからは、あの日の悲壮感は消えていた。彼女は既に一人ひとりの死と向き合い、哀しみを乗り越えたのだ。
ありがとうなんて、言われる資格ないのに。
何も言えずに黙り込むエレンにミカサが近付く。シャオの肩を掴むエレンの手をじっと見た後、ミカサもシャオと向かい合う。
「私も謝らなければいけないことがあります」
「ミカサが?私に??」
いよいよもって何事かと目をぱちくりさせる。
ミカサとはまだちゃんとした会話を交わしたことすらないのに、何を謝ることがあるのだろう。
「指示に従わなかった私を庇いリヴァイ兵士長は怪我をしました。本当にすみませんでした」
淡々とそう言ってミカサは頭を下げる。彼女が素直に人に頭を下げるなんて驚きだ。ミカサが私に頭を下げてる!なんて、その内容より行動に衝撃を受けたシャオはカチンコチンに硬化した。
その直後、ハンジが慌てているように此方に駆け寄ってくる。
「ねぇ!あなた達、クリスタって女の子知ってる?」
クリスタ・レンズ。
背の小さい、金髪の長い髪、可愛らしい容姿をした少女。勿論知っている。
彼女はエレン達と同じ104期生なのだから。
「クリスタがどうかしたんですか?」
「ニックがやっと口を割ったんだ!クリスタなら壁の秘密も、世界の真相も知ることが出来るって」
「え……」
「あ、あいつが…?」
突然そんなことを言われても、いまいちピンとこない。クリスタとは三年間共に過ごし、確かに可愛らしい容姿と女神のような優しさで人気だったが、それ以外に特に変わったところはなかったように思える。何故か真逆の性格のユミルといつもつるんでいた記憶はあるが。
混乱する現場を見て、シャオは皆を促すように言う。
「でも、104期生ってことは…今は最前線にいるんじゃないですか?」
「そうなんだよ!しかも問題はこれだけじゃない!見てくれシャオ」
押し付けられるように渡された書類に、シャオは目を通す。書類は三枚あった。一枚はシャオにも見覚えがある。自分が作ったものだからだ。
壁外調査の時に使用した、偽の作戦企画書。
エレンが右翼側に居ると示されているこの企画書の上の方に、これを渡されたグループに所属する班員の名前が書いてある。
そして、2枚目と3枚目は、とある104期生二人の戸籍だった。
「漸くアニの身辺調査の結果が届いたんだが…104期に2名ほどアニと同じ地域の出身者がいるようなんだ」
二人の戸籍資料に軽く目を通し、シャオはもう一度作戦企画書を見た。二人の名前が企画書の上に確かに記してあるのを見て、シャオは息を呑む。
「ライナー・ブラウンと、
ベルトルト・フーバー」
次々と出てくる同期の名前に、エレンは頭痛を覚えた。冗談キツい。アニが女型の巨人だったってことだけで、もういっぱいいっぱいなんだ。これ以上は頭がついていかない。
「とにかく、今言った3人は全員最前線にいる。一刻も早く向かわなければならない!エレン達には走りながら説明しよう。シャオ、エルヴィンが来たら今の話を伝えて」
「…了解!」
ライナーもベルトルトもクリスタも、シャオはちゃんと覚えている。
人の顔と名前はしっかり覚えておかないと。ある日突然いなくなってしまうから。調査兵団に入ってそれを痛感してからは、シャオは出会った人々との自己紹介を何よりも大事にしていた。
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